凜々しく可愛い人、南野陽子「変わらない美の秘密」(後編) 「憧れられるよりも、みんなのナンノちゃんでいたい」「お手本じゃなく、一つの見本として誰かの背中を押せたら」と、アイドルの頃から変わらない愛らしい笑顔で話す南野陽子さん。これまでに乗り越えた幾つもの壁、新たな景色が見えてきた55歳の現在(いま)、そしてナンノ流“正しきおばあちゃん計画”まで飾らない言葉で、ありのままの自分を語ってくれました。
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ワンピース13万6400円/マックスマーラ(マックスマーラ ジャパン)イヤリング40万7000円 ネックレス45万6500円リング68万2000円/すべてロイヤル・アッシャー(ロイヤル・アッシャー カスタマーサービス)南野陽子(みなみの・ようこ)女優、歌手。1967年兵庫県生まれ。ドラマや舞台など今までに200作以上の作品に出演し、受賞歴多数。舞台『泣いたらあかん』(~2023年6月20日大阪・新歌舞伎座、2023年7月1日~23日博多座)出演。「これまで蒔いた種から、芽が出てきたような感じ。今とてもわくわくしています」
「長年の願いが叶ったんです」と声を弾ませ、2023年2月のカンボジア訪問についても話がおよびます。2023年は日本とカンボジアの外交関係樹立70周年。外務省からその親善大使を任命されたのです。
「カンボジアとのご縁は1989年に『24時間テレビ』のチャリティーパーソナリティーとして小学校や孤児院を訪ねたのがきっかけです。当時は内戦終結前の不安定な情勢でしたが、大人も子どもも瞳がキラキラしていて、大好きになりました」。
以来ずっと気になっていた国だといいます。自分にも何かできることはないかと思いつつ月日が流れ、せめて小さなことからという気持ちで、2022年『日本・カンボジア絆フェスティバル2022』が開かれた際にビデオレターを送ったのだそう。
カンボジアの首都プノンペンにて。かつて訪ねた孤児院の子どもたちは素敵な大人になり、南野さんと感激の再会を果たしました。『絆フェスティバル2023』では日・カンボジア友好70周年のテーマソング「明日への虹」を歌いました。「カンボジアへの想いを綴った歌を自分で作って、1989年の映像も織り交ぜました。それがフン・セン首相の目に留まり、親善大使の話につながったんです。日本とカンボジアの架け橋として活動できるなんて夢のようです」。
2022年は初めてフルオーケストラとのコラボレーションコンサートを開催。また、震災と障がいをテーマに描いた舞台を障がいのあるかたと創り上げました。
「人生の折り返し地点を過ぎて、自分なりに精一杯生きた証をどう作るかを考えるようになりました。そんな折に新たなフィールドに挑戦する機会に恵まれて、これからの糧になる時間でしたね」。
2022年8月、カーテンコール交響楽団の生演奏に歌をのせた『南野陽子 初めてのフィルハーモニー大音楽会』を開催。自身のヒット曲や名曲を披露した。写真提供/12DO「カーテンコール」アイドル時代から我慢はしない主義。主張すべきときはしてきたぶん、人とぶつかった経験も多いそう。
「振り返ってみると、今も周りにいるのは本音で意見を戦わせた人たち。いったん離れて、またつながった人も。よくも悪くも何か引っかかるものがあると、再会したときにより絆が強くなるのかもしれません」。
若い頃には理解できなかったスタッフや両親の言葉が今になって身に沁みることもあるそう。
みんなの笑顔が私の活力。つながることで豊かになれる
幸せを感じる瞬間は「楽しかった」「ありがとう」、そんな言葉を受け取ったとき。
「中学生のときにボランティアのクラブに所属していろんな施設を回ったんです。その原体験がベースにあるのかもしれません。でもこれぐらいの年齢になると、みんな誰かのお手伝いをしたくなりますよね。ただ、何をしたらいいかわからない人も多い。そこはこういう仕事をしている私が声かけ係になることで、想いを形にしていけたらいいなと思います」。
ゆくゆくは、悩み多き若者とお饅頭を食べながら、ふんふんと話を聞くおばあちゃんになりたいそう。
「大丈夫よって励ましながら、むせちゃって、丸まった背中をさすってもらう。それが私にとっての“正しいおばあちゃん”」と語る南野さん。
たくさんの人に愛と元気を届ける明るい笑顔はこれからますます輝いていくに違いありません。