6月 心の色を映す白い紫陽花
文=岡田 歩(造花工藝作家)
しっとりとした空気に緑の香りが漂う季節。
これから梅雨入りするかと思うと、少しうんざりする気持ちになりますが、恵みの雨であるのも事実。「長い雨の時間を上質なものとして心地よく過ごすには……」と、指折り数えながら、一つ一つ思い浮かべています。
雨の音の美しさ、水溜りに揺れて映る枝葉の景色、すべて洗い流されたような雨上がりの空の爽やかさ……。雨だからこそ感じられる趣のある風情も様々で、なかでも、雨露に濡れる紫陽花の姿は一層美しく、心が洗われます。雨の時間が少しでも素敵になりますようにと心を込めて、紫陽花の飾り花をこしらえました。
手毬のような紫陽花の丸いフォルムを際立たせるため、手染めした和紙を用いて角型の花器を創りました。今も昔とさほど変わりませんが、幼い頃の私は室内で過ごす時間が大好きで、ものを作り、絵本や興味あるものを眺めては想像を膨らませていました。雨の日は、形を変えながら窓ガラスをつたう水滴の自然の造形美に幻想性を感じ、その様子をひとり静かに眺めているのが好きでした。また、雨の雫には不思議な効力があり、それによって紫陽花の花が色づき、変化してゆくのだと空想していましたが、学校に通うようになり、萼が花びらのように色を変え、土壌の成分がその色に作用するということを識りました。
見る人の心が求める花の色になるように、あえて白い紫陽花をこしらえました。微妙に異なるいくつもの“白”に花びら(萼)を染めています。紫陽花は花の色がよく変わることから「七変化」という異名があるそうです。その他にも「八仙花」、「四葩(よひら)」、「オタクサ」など、数多くの異名があります。
「八仙花」は、「はっせんか」または「あじさい」と読みます。「八仙」とは「八人の仙人」を表していて、紫陽花を中国語では「八仙花」と綴るといいます。
「四葩」の「葩」は花びらのことで、四枚の花びらを表します。
「オタクサ」は、江戸時代の蘭学者シーボルトが長崎で運命的な出逢いをした女性「お滝さん」の名前から、紫陽花を「ヒドランゲア オタクサ」と命名したという有名な逸話があります。長崎では今も紫陽花は「オタクサ」と呼ばれることがあるそうです。
紫陽花の他にも異名を持つ草花は数多くあり、また同じように、雨にも季節それぞれの美しい名前が付けられています。いつのことだったか「嬉しい時の涙と悲しい時の涙の色は異なるのよ」とおっしゃる方にお目にかかりましたが、雨もそれと似ているように感じます。
日が翳る梅雨の季節は、人の心も翳りがち。ひとり様々な思いを巡らせることも多くなるかもしれません。長い雨が明けたとき、みなさまの物思いの種に温かい光が降り注ぎ、やがて綺麗な色の花が咲きますようにと願っています。
岡田 歩(おかだ・あゆみ)
造花工藝作家
物を作る環境で育ち幼少期より緻密で繊細な手仕事を好む。“テキスタイルの表現”という観点により、独自の色彩感覚と感性を活かし造花作品の制作に取り組む。花びら一枚一枚を作り出すための裁断、染色、成形などの作業工程は、すべて手作業によるもの。
URL:
https://www.ayumi-okada.com