これぞジュエリーの真髄 第6回(02) 帝政ロシアとファベルジェ 有川一三氏が主宰する「アルビオンアート」の歴史的な芸術品の数々を、宝石史研究家の山口 遼さんの解説でご紹介するジュエリー連載。第6回は、ロマノフ王朝時代とそこに生まれた天才をご紹介します。
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ジュエリーのデザインは、ほとんどが過去の遺品の形を変えた繰り返しです。しかし、100年に一人か二人ほど、それまでには無かった独創的なジュエリーを作る人物が現れます。ロマノフ王朝最後の頃にロシアに登場したファベルジェがそうした天才の一人です。
彼はフランス系ユグノーの家系で、父の代にはサンクトペテルブルグで宝石商を営む家に生まれました。ドイツを始め欧州を遍歴して技術を学び、24歳の若さで店を継ぎます。その後、アレクサンドラ3世とニコライ2世、そしてその家族に寵愛され、彼らのために膨大な作品を作ります。
ファベルジェ自身は、アイデアは出すもののデザインや制作そのものに直接手を出すことはなく、優れた職人を集め、指揮することで多くの名作を残しました。純粋なジュエリーは意外と少なく、むしろ皇帝たちが日常に使う品や贈り物をジュエリーの素材と技術で作っていたと思われます。
1.[ニコライ2世 プレゼンテーション ブルガリア王ボリス3世 旧蔵 ファベルジェ 作]ポータブルトリプティック・イコン
製作年代:1896年頃
製作国:ロシア1はニコライ2世が後のブルガリア国王に贈ったもの。構成部分が三つあることからトリプティックの名があり、左右に折り畳めて持ち運びできるようになっています。ロシア正教でイコンと呼ばれるもので、エナメルでキリストとロシア正教の聖人たちを描いたもの。ロシア皇帝は、こうした贈り物を各国の王族に届けています。その水準の高さに驚嘆した英国王室やタイの皇帝などはファベルジェの大ファンになり、多くの注文をし、素晴らしいコレクションが残りました。
ファベルジェの工房が得意としたのは、ギヨシェと呼ばれるエナメルの細工。これはエナメルをかける前の金属の板の表面に精緻な彫りを入れ、その模様が透明なエナメルを通して見えるというものです。
2.[アレクサンドラ 旧蔵 ファベルジェ 作]エナメル・ピルボックス
製作年代:19世紀末
製作国:ロシア2の箱は、アレクサンドラ皇后が愛用したピルボックス。緑のエナメルが極めて美しい。
3.[ノーベル家 旧蔵 ファベルジェ 作]テーブルランプ
製作年代:1899~1904年頃
製作国:ロシア彼の顧客はロシア宮廷だけではありません。3はノーベル賞を作ったノーベル家のために作った電気スタンド。ボーウエナイトという珍しい石の台座の上に、エナメル細工を施したダチョウの卵をスタンドにしています。使うのにハラハラしますね。
4.[ファベルジェ 作]巻貝 ボンボニエール
製作年代:1890年頃
製作国:ロシア実用品の中で一番凄いのは、巻貝のボンボニエール4。これはクオーツを彫ったもので、蓋には素晴らしい唐草模様が黒エナメルの上に施されています。
5.[ファベルジェ 作]アクアマリンとダイヤモンドのブローチ
製作年代:1914年頃
製作国:ロシアジュエリーを見てみましょう。5は比較的近年のもので、プラチナが使えるようになってからのブローチ。アクアマリンとダイヤモンドの石の留め方の見事さを見てください。
6.[ファベルジェ 作]エナメル・ロケット
製作年代:19世紀後期
製作国:ロシアギヨシェが素晴らしいロケット6は鮮明な水色の上に小さなダイヤモンドが乗っていますが、なまじかな宝石よりも遥かにきれいです。
7.[ファベルジェ 作]エメラルドのブローチ
製作年代:1914年頃
製作国:ロシア8.[ファベルジェ 作]サファイアとダイヤモンドのブローチ
製作年代:1900年頃
製作国:ロシア7と8はダイヤモンドを留めた細い枠の間に葉模様を繊細にあしらい、作りの精密さが見てとれます。おそらくロシアの上流階級の人のために作られたものでしょう。
ファベルジェの作品は、有名なイースターエッグを始め、多くが既に世界中の美術館などに入っており、市場で売り買いされるものはほとんどありません。それをここに載せきれないほど集めたということが、アルビオンアートの凄さです。
監修・文/山口 遼 撮影/栗本 光
『家庭画報』2023年6月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。