〔今月の引き出し〕
季節を先取りする桜、さくら、サクラ
日ごとに陽光が輝きを増し、それとともにタンスの中から選ぶきものの色合いも変化してきました。この感覚は本当に不思議!日照時間が長くなると、樹々が長い冬の眠りから目覚め、花が香るのと同じように、私たち人間も自然の一部なのだと感じます。今月は、開花を待ち焦がれる桜便りをお届けします。
娘時代の派手なきものを羽織でソフトフォーカス
私が20代後半の頃、金沢へ旅行に行った母が「びっくり?!」するほど派手な加賀友禅をお土産に買ってきてくれました。猩々緋(しょうじょうひ)の地色に枝垂れ桜が可憐に丁寧に描かれた、肩上げをつけて着たくなるような千代紙のような反物です。背伸びをしてシックなきものを着たい年頃の私に、何とも気恥ずかしい派手な桜のきもの……。どうして母は「娘さん」のようなきものを買ってきたのだろうと心の中で大いに戸惑いながら、当時はほとんど袖を通すことがありませんでした。
そんな罪悪感もあって手離さずに、母の思い出とともにタンスに仕舞われていた一枚を、ある時「羽織で派手な面積を隠せば良いのでは……」と閃きました。早速、優しい象牙色の羽織を誂えて合わせてみたところ、これが何とも春爛漫な組み合わせに。この歳になって、こんなふうに桜のきものが再び着られるとは!加賀友禅の確かな技法と、(今改めて見ると)控えめな品の良い色合いが、母のお見立てだったのだと今では感謝しています。きっと、母も空の上から満足していることと思います。
「羽織に派手なし」と言って、母は結城紬や大島紬と合わせて、華やかな刺繍が施された染めの羽織をさらりとまとい、地味な紬とのギャップを楽しんでいました。私の場合は、逆ですが(笑)。娘時代の派手になってしまったきものに、落ち着いた色柄の羽織をまとうだけで、思い出のきものが今なお現役で活躍します。皆さまもぜひ試してみてください。