訳)夜も更けたようだ。二星の逢う七夕の空にかかっていた月も沈んで、秋風に庭の灯火が揺らめいた
作者光厳院(光厳天皇。1313~64年)は、南北朝時代の北朝の天皇で、勅撰集『風雅和歌集』の実質的な撰者。同集は、叙景歌に独創的な境地を開拓した、京極派の勅撰和歌集である。この歌は、南北朝の戦乱の中、つかの間平穏な時期であった貞和2(1346)年に詠まれた。
選・文=渡部泰明(日本文学研究者)7月7日の七夕の夜。空では牽牛・織女が逢瀬を遂げる(星合)が、地上でも、内裏や貴族の屋敷で乞巧奠(きっこうでん)が行われた。南北朝時代の天皇であった光厳院の和歌だから、自ら体験した清涼殿(せいりょうでん)での記憶がもとになっているだろう。一晩中灯火をともし捧げ物をして祀る行事である。
7日の夜の、まるで舟のような半月は夜半に沈む。闇の中、ゆらりと灯火が揺らめいた。秋風だ。身には感じられない7月初秋の秋風を、つまり秋の到来を、知ることとなった。歌からは、比類なく鋭敏な魂がうかがえる。
イラスト/髙安恭ノ介 ・
連載「声に出してみたい古典」記事一覧はこちら>>>