ある日、銀座で小さなクラブを営むママさんから相談を受けた。
「うちの売れっ子ホステスの美香の様子がおかしいのです。昨夜も半狂乱になって大切なお客様に迷惑をかけました」
「覚えています。柴犬を飼っているという娘ですね」
「お店で天ぷらを手づかみで貪り、それを止めたお客様の手に咬みついて大怪我を負わせたのです」
「まるでお狐様みたいですね」
「やっぱりそうですよね。だから先生に電話しました」
とママさんがため息をついた。私は何度か狐憑きの人を見たことがある。しかし全員がただのヒステリー発作や精神病だったので今回もそうだと思い、面白半分に聞き流していた。
それから数日後、夜中に電話が鳴った。
「築地にある寮のマンションで美香が大暴れをして、店のボーイたちが取り押さえています。助けてください」
私はこのお店には借りがあった。以前貸し切りで接待を受けた際に女の子たちがわらわらと私の周りに集まって延々と “ペット相談コーナー” をやらされてしまい、昼間の大手術で疲れ果てていた私は、我慢の限界に達して皆を怒鳴りつけてしまったのだ。
「やれやれ、すぐ行きますよ。私のマセラティで狐祓いの寺に連れて行きます」
そう提案しつつも「どうせまた馬鹿娘が不機嫌になって騒いでいるだけだ」と高を括っていた私だったが、現地に着いて声を失った。
めちゃめちゃになった部屋の真ん中で、ボーイ兼用心棒の男二人が汗だくになって美香を押さえつけていた。おそらくは咬みつき防止のためだろう、頭部にはブランドの鞄が被せられていて美香は獣の声で唸り続けている。何とか寺に連れて行き、住職のお経が始まると、美香は大声を上げて苦しみ始めた。それでも私は「ばかばかしい茶番だ」と冷めた目で見ていた。
しかし……美香の力がやがて抜けてぐったりした瞬間……寺の天井の電球がふっと切れて暗くなり、後ろの障子がガタリ!と音を立て、目に見えない何かが風とともに夜空に吹っ飛んで行ったのだった。この狐憑きは若い女の気の迷いなどではなく、正真正銘の “本物” だった。
後日、正気に戻った本人に聞くと、一人暮らしの寂しさから夜な夜なマンションの隣にある小さなお稲荷さんに願をかけていたが、本当に願いが叶うので驚いていたという。いつしかそれが当たり前になり、お稲荷様と “なあなあになった” と思い込んだ美香は、火のついた煙草を咥えたまま鳥居で柴犬に小便をさせたらしい。しかも、今まで願いが叶った後の “お礼の品” の献上を一度もしていなかったという。
火、犬、お礼なし、はお稲荷さんを激怒させる行為である。神様は決してワガママを何でも叶えてくれる優しい存在などではない。特にお稲荷さんのように仏教に帰依する前は魔物の類だった実類神は、 “裏切り” や “恩忘れ” には敏感なのだ。正に、「あな神おそろしや」と感じた経験だった。