大切なのは、人間以外の命を愛すること
松岡 動物のなかでも犬は、人間にとって特別な存在なのでしょうか。
野村 一心同体の相手ですね。人類学者の間では、原始時代に犬というパートナーがいなかったら、人間は野獣の脅威に怯えながら生きなければならず、脳を発達させられなかったといわれています。犬の存在なしに、人間の生物学的地位は確立されなかったんじゃないか、という話です。
松岡 なるほど。家族における犬はどういう捉え方になりますか。
野村 犬は家族の序列を決めます。大将はパパで2番目がママ、その次は僕で、最後がお兄ちゃん、といったふうに。家族全員で横一列に並んで、一斉に犬を呼んでみてください。犬が向かっていった先が一家のボスです。
松岡 やってみます!
野村 選ばれた人は列から抜けて、残りの人でまた同じことをやってください。次に犬が向かう先が序列の2番目です。もし犬が動かなかったら、2番目は自分だと思っているということ。よく聞くのが、「私がご飯とトイレの世話をしているのに、なんでパパのいうことばっかり聞くのよ」といった不満ですが、犬は観察力が鋭いので、「この群れを維持しているのはパパの稼ぎ。ママは僕と一緒でパパに養われてる」と思っているわけです。
動物は人間に何をもたらすのでしょう?──松岡さん
「生きがいです。犬でも花でもいい、 人間以外の命を愛してください」──野村先生
松岡 そんなことを? ところで、犬に限らず、動物は人間に何をいちばんもたらすのでしょう?
野村 生きがいです。一所懸命働いてお金を稼いで、いいえさを食べさせよう、という。よく、犬や猫について「癒やされる~」などといっているのを見かけますが、本当は癒やされていちゃだめなんですよ。自分たちより弱い存在なんですから、癒やしてやらないと。大切なのは、人間以外の命を愛することで、それができるのはおそらく人間だけなんです。対象は花でもいい。空腹を満たすためでなく、国から課せられた義務でもなく、純粋に愛するという行為の根底には、最も温かい心があるんじゃないでしょうか。
「ここに来てよかった」のひと言が大きな喜びに
松岡 先生にとっても、動物は生きがいなのですね。
野村 もちろん生きがいですが、それ以前に「守るべきもの」です。僕にとっての正義は動物を守ること。獣医師の仕事は犬や猫の病気やケガを治すことだけじゃないんです。ダメな飼い主がいれば、動物を取り上げるのではなく、ちゃんと飼えるように指導する。あとは、動物を虐待する悪い連中からも守らなければならないので、いつも(愛犬のドーベルマン)ビクターと一緒に目を光らせています。
松岡 先生がドーベルマンに見えてきました(笑)。獣医師になってよかったと思うのはどんなときですか。
野村 体力、精神力が持つかと思うほど大変な手術を無事成功させたときですね。立ちっぱなしで4~5時間集中して手術をするのは非常にきつく、命がけといっても大げさではありません。うちの手術室はガラス張りで、希望する人には一部始終をご覧いただいているのですが、ずっと見守っていた飼い主さんから、手術後に「ここに来てよかった」「先生、さすがです」などといわれると、本当に嬉しく、幸福感で満たされます。
松岡 飼い主さんたちの気持ちがよくわかります。動物たちのため、これからもよろしくお願いいたします!