しかし、ノリさんは夫の家族を徹底的に排除した。そのため一人娘は父方の祖父母ともあまり会ったことがなく、まして三橋氏の弟や妹の子供達とはまったく交流がなかった。いったいノリさんの実家は何を考えていたのかわからないのだが、この結婚を強く三橋氏にすすめたのは、ノリさんの兄だった。
「お宅で嫁を迎えるのに、釣り合いが取れるのは家の妹くらいのものだろう」と何度も助言され、人の良い三橋氏はその気になった。もちろん、ノリさんが小学校から大学まで続いている私立の超難関校に入学したは良いけれど、中学を卒業する時に退学となったことなどまったく知らなかった。あまりにカンニングを繰り返し、成績も悪かったためだと噂されたが、真相は不明だ。
慌てたノリさんの母親が、彼女をフランスの学校へ入学させた。
かつて人気のあったヨーロッパの元妃が、高校を卒業して大学に入学するための資格を得る「バカロレア」という試験に何度もチャレンジしたが、ついに合格しなかったのは有名な話である。そうした勉強が大嫌いな貴族や富裕層の娘たちのための花嫁学校がヨーロッパにはあった。寄宿舎制であり、生徒はのんびりと気儘に過ごせる。
いずれにせよ、ノリさんもまたアヤさんと同じく、英語やフランス語は堪能だった。そしてシニカルな言葉をよく発するので、いかにも才気煥発に見えた。
私は知人の大学教授から、彼の若い頃の体験を聞いたことがある。当時、フランスから帰国したばかりのノリさんが実家にいた。彼女のお兄さんに用事があって、知人はその家を何度か訪ねた。まったく服装には無頓着で学問一筋の人だったため、いつも同じ背広を着ていた。すると、3回目の時にノリさんが知人に言い放った。
「ねえ、あんた同じ背広を何枚も持っているの?」
意味がわからず、「は?」と知人が聞き返すと、「だって、あんたいつも同じ格好しているじゃない。だから、その背広を何枚も持っているのかと思ったのよ」と答えてニヤリと笑ったそうだ。