モダン肥前磁器のあるテーブル 第3回(全4回) 肥前磁器とは、江戸時代に肥前国だった地で作られる器のことで、そのエリアは現在の佐賀県、長崎県にまたがっています。空間コーディネーターの佐藤由美子さんと、手持ちの器と組み合わせて使える器を制作。伝統の陶技に、新しい時代の感性を取り入れた器を、特別に誌上販売します。
前回の記事はこちら>> ★のついている器は誌上販売対象商品です。価格には送料が含まれています。手作りの品のため、サイズや色、形、仕上がりなどが写真や説明と異なる場合があります。商品一覧はこちら>> 平戸松山窯──精緻な染付と細工物。異なる作風が魅力
江戸時代、平戸藩御用窯として発達した三川内焼。細工物や茶道具などを、幕府や朝廷に献上していました。その歴史を脈々と受け継ぐ平戸松山窯。作品の主は、染付です。
蟹のシュウマイやエビの蒸し餃子などを盛った点心プレート。和洋はもちろん中華やエスニックなど、どんな料理も受け止める才色兼備な器。中国茶もセットして、おもてなしをスタート。三川内焼の特徴である、素地に絵付けの輪郭線を施した中に呉須を流し込む付濃(つけだみ)は、日本茶を腐らせたものを筆先につけ、生地への吸い込みを遅くすることで藍のグラデーションを作る技法。藍一色ながら、文様に陰影をもたらします。
濃(だみ)の様子。呉須をたっぷり含ませた筆は、縦にすると液が垂れ、横にすると止まるスポイトのようなつくり。輪郭線が堰になるので、筆が生地に触れないように呉須を流す。絵を塗るのとは異なる技法。「江戸時代、狩野派の原画を三川内の職人が習い、焼物に写しました。藍だけで表現するために卓越した技法が生まれたのです」と当主の中里月度務(つとむ)さん。
「★プラチナ彩瓔珞文様プレート」径25×高さ4センチ、2万9000円。三川内焼の染付は、器全面を一枚の絵に見立てた“一枚絵”のものが多いが、今回は瓔珞文様を選び、縁にはプラチナを施した。輪郭線は、下絵はなく位置だけを薄墨で施し、フリーハンドで描く。「下絵があるとなぞることに注力して、筆が遅くなる。位置取りだけだと、線を動かすことを意識して細く描けます」と月度務さん。精巧な筆致はまさに熟練の技。手持ちの洋食器やシルバーウェア、ガラスと合わせて涼やかな夏のティータイムを。今回、制作された器は、古代インドの王族が珠玉や貴金属を編んで頭や首にかけた装身具“瓔珞(ようらく)”を描いたもの。佐藤さんは「一枚絵が代表的な三川内焼の染付ですが、瓔珞文様というパターン柄を選ぶことで、平戸松山窯の卓越した筆遣いを際立たせました」といいます。輪郭線を描く骨描きは極細く、フリーハンドとは思えぬほど精巧です。
「見た目は洋風ですが、和食も盛りやすいように丸みのあるシルエットにしています」と月度務さん。孔雀が描かれた蒔絵椀にはサーモンのタルタルを入れ、和洋折衷の取り合わせに。「赤を使わず、藍でメリハリをつけて奥行きを出すことに挑戦しました。丹誠込めて手描きしている作り手の想いを感じていただけたら嬉しいです」と月度務さん。縁にはアクセントとしてプラチナを施しました。
盛り器にも花器にもなる
愛らしいカエルの大鉢
〈奥〉「★白磁カエル大鉢 大」径31×高さ7センチ、4万5500円。〈手前〉「★白磁カエル大鉢 小」径25×高さ5センチ、3万4500円。三川内焼の象徴、透き通る白磁の美しさが際立つ。水を張りグリーンや花を浮かべ涼やかさを演出したり、料理を盛る際に蓮の葉などのカエルにまつわるモチーフを添えて遊び心をプラスしたり。発想次第で自在に楽しめ、カンバセーションピースとしても活躍。三川内焼は繊細な絵付けとともに、白磁で造形物を表現する 「細工物」の伝統技が残ります。弟の中里しんやさんは、根付を極める造形作家です。
大きいサイズの大鉢には、外に出たいといわんばかりに縁によじ登るカエルが。立体感も見事に表現。「手びねりの技術は昔から三川内で得意な人が多く、根付は芸術品として作られていました。10年ほど前に根付を作り始めたのですが、小さな世界で、どれだけ精巧さを追求できるか。手のひらのシワの一本まで緻密に描いて、手に取る人にワクワクや驚きを感じていただけたら嬉しいです」。
原型を手で作り、その型を取り、泥を流すことで大まかな形が完成。完全に乾燥させ、目の輪郭や足のエッジなどの精度を上げるため、細部を削っていく。今にも動きだしそうな写実的なカエルの根付があしらわれた深皿は、カエル好きの佐藤由美子さんの発案。カエルを仲よく並べたり、縁によじ登らせたりと遊び心満載です。「料理やお菓子だけでなく、花器としても楽しんでもらえるように底を平らにしました」と使い勝手を重視する佐藤さんらしい視点が加わり、日常使いしやすい器が完成しました。
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平戸松山窯(ひらどしょうざんがま)
長崎県佐世保市三川内町901
400年の歴史と技術を継ぎ染付の可能性を探求
三川内天満宮に祀られる高麗媼(こうらいばば)を開窯の祖とする歴史ある窯元。江戸時代以降、三川内焼を代表する7人の唐子が描かれた「献上唐子(からこ)」を受け継ぐ一方で、無邪気な唐子を現代的に生き生きと描いた「創作唐子」にも挑戦。絵を描き込むことに注力していた月度務さんは、10年ほど前から余白の美を追求し、藍を用いない作品も手がけている。しんやさんは、白磁による根付などの細工物を作り、染付にとどまらない作品を展開。兄弟に注目が集まっている。 平戸松山窯の真骨頂“唐子”。7人の唐子と松、牡丹が描かれた構図は、江戸末期に確立。人物と植物、岩などの描き分けには長年の研鑽を要する。月度務さん作「献上唐子図」38万5000円。しんやさんの根付に月度務さんが絵付けをした「カンフー唐子根付人形唐草絵付」(左奥2体セット)11万円。左手前から「おい、パンダ、笹食え根付人形」2万7500円、「力士根付人形青海波彫り」2万7500円、「虎と鬼」4万9500円。表情からはストーリーが見え、クスッと笑える作品名も魅力。三川内焼伝統の絵付け技術を体得する中里月度務さん(左)と、弟で根付をはじめ造形作品を作る中里しんやさん(右)。
表示価格はすべて税込みです。 撮影/久間昌史 コーディネート・料理/佐藤由美子
『家庭画報』2023年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。