扇 千景1933年兵庫県生まれ。県立神戸高校を卒業。宝塚音楽学校を経て女優となる。1958年歌舞伎俳優2代目中村扇雀(4代目坂田藤十郎・人間国宝)と結婚。女優業、『3時のあなた』の司会等を務め、1977年参議院議員初当選。以後国政に励み、数々の要職を歴任。2001年1月初代国土交通大臣就任。2004年に女性初の参議院の議長に選出される。2007年に政界を引退。2010年に女性初の桐花大綬章を受章。2023年3月9日に死去。改めて知った母の偉業
中村鴈治郎
晩年の母からは、それまではあまり口にしなかった話を聞く機会がありました。母は同じ建物に住んではいても、父が亡くなった後はひとり暮らしだったので、できるだけ声をかけて一緒に食事をするようになったからです。木村家という家に生まれ、3人姉妹の三女だった母は自分の両親のことや神戸出身であることなど、話したいことがあったのでしょう。
「跡継ぎがいないから墓じまいをする」といって、実際に行動に移していました。そして昨年はどこよりも好きだったハワイにも久しぶりに行って、父との思い出の場所を訪ね、たくさんいる現地の友達とも再会できたようです。
生前は両親ともに青山斎場での葬儀を望んでいたのですが、それが叶わなくなり、父亡き後、母は密葬でもいいと話していました。ところが、密葬にしたことで後のお問い合わせなどの対応の大変さを考えると、本葬をしたほうがいいということになりました。政治家で、参議院議長や国土交通大臣の経験があった母の本葬というものが、少なくとも歌舞伎役者の葬儀とは違うことは想像できていました。
母の本葬は3月27日に増上寺で執り行われました。当日は天皇陛下の勅使のかたがお見えになり、祭粢(さいし)料を賜りました。皇族のかたをはじめ、名だたる政界や歌舞伎界のかたがたにご列席いただいたこともありがたいと思っております。
後日、会葬のお礼に伺ったときに、母にとって議員としては先輩でも年齢では年下だった皆さまから母が本当に慕われていたことや女性ならではの視点で貢献していたことを知ることができました。母は仕事のことは一切語らない人だったので、本葬はすべてが僕らの想像の域を超えていました。そして母が偉業を成し遂げた人だったことを改めて実感しました。
増上寺で行われた本葬前にマスコミの取材に応じる息子たち。右から孫の中村壱太郎さん、長男の中村鴈治郎さん、次男の中村扇雀さん、孫の中村虎之介さん。祭壇では胡蝶蘭、スプレーマム、カーネーション、バラ、トルコギキョウなどで扇が表現された。上段には遺骨と位牌とともに天皇陛下からの「祭粢(さいし)料」が供えられ、中段には旭日大綬章や女性で初めて受章した桐花大綬章、従二位の位記が飾られた。撮影/岡積千可 〔特集〕【追悼】2人の息子と2人の孫が語る 偉大な女性(ひと)扇 千景(全4回)
構成・文/山下シオン
『家庭画報』2023年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。