天空の森 ふるさとに築く「夢の王国」 日本の原風景を残す温泉宿「忘れの里 雅叙苑」、すべてが規格外の夢のリゾート「天空の森」。新しい価値をつくり続けている田島健夫さんが、満を持して「3D観光」を始動しました。舞台は空、ヘリコプターを使った新時代の観光です。「空から見る日本には、海外にも宇宙にも負けない感動がある」と断言する田島さんが、走りだしたプロジェクトについて語ります。
前回の記事はこちら>> 第9回 コンドルの目線で旅をする
世界に類を見ない、日本の美に気づく旅
夏の朝、「天空の森」のヘリポートを飛び立つと、眼下に広がるのは、太陽に照らされたヴィラと深い森、雲海と霧島連峰。田島さんが「大宇宙(おおぞら)の無人島」と呼ぶのがうなずける静謐な光景だ。ヘリコプターからの眺めには、地上では決して出会えない美と感動がある。地図の地名は、ある日の3D観光で空から眺めた鹿児島県内の主な場所。枕崎のヘリポートでの休憩時間は含まず、計約2時間の行程は大自然の驚異に溢れ、見所満載。離島に着陸してランチやアクティビティを楽しむプランも準備中。「日本にはまだ見ぬ世界、好奇心を搔き立てる旅がある」──田島健夫
僕は人生において、水平に進むのが嫌いで、いつも垂直に進んできました。何かを完成させたら、同じようなものは二度とつくらず、次へ向かう。誰からも追いつかれない、誰とも競わない場所へ行くためです。いいかえれば、逃げるために新しい挑戦を続けているんですね。この数年、いくつもの課題を乗り越えながら進めてきたプロジェクト「3D観光」について考え始めたのも、「天空の森」に似た施設が国内にポツポツでき始めた頃でした。
次のステージは空だと思い定め、友人のヘリコプターやチャーターしたセスナ機で日本という国を空から眺め、構想を練りました。『低空飛行 この国のかたちへ』という本で、観光の新しい価値づくりについて書かれたデザイナーの原 研哉さんから刺激をいただいたのも、大きかったです。
ベテランの操縦士が操る3D観光用のヘリコプターは、安全性も快適性も秀逸。広々としたキャビンは6名まで搭乗可能で、座席は上質な革張り。スムーズな乗り心地で、ほとんど揺れを感じない。コックピットとキャビンはヘッドセットでやり取りをする。3D観光は、安全で快適なヘリコプターに乗って、南九州、ひいては日本の魅力を空から再発見する新しい観光です。原点は子どもの頃に夢で見た “犬搔きで空を泳ぐ自分の姿” だといったら、笑われるでしょうか。
ヘリコプターでいらっしゃるお客さまのため、「天空の森」では早くにヘリポートを造りましたが、最近、ヴィラと直結させた2つ目のヘリポートも完成し、万全の体制が整いました。
美しく整えられた芝生の台地は「天空の森」の新しいヘリポート。右上に見えるヴィラへ続く専用の橋も新設され、ヘリコプターで訪れるゲストがそのままヴィラに入れるようになった。3D観光を説明するとき、僕は、キリンからコンドルへ、という表現を使います。これまでの観光がキリンで、3Dがコンドル。キリンは地球上で最も背が高い動物ですが、その目で見ても長さ数キロにもなるナスカの地上絵に何が描かれているかはわかりませんよね?
でも、空高く飛ぶコンドルなら、壮大な絵の全貌を見られる。そんなふうに、空からの観光には、まだ見ぬ世界、知的好奇心を搔き立て、ロマンや歴史に浸ることができる旅が待っているのです。
薩摩硫黄島は、約6000年前以降に海面上に姿を現した火山島。絶え間なく湧き出る硫黄や種々の温泉により、黄色や赤に染まった海岸線が目を引く。俊寛が流刑された鬼界ヶ島は、この硫黄島といわれ、ゆかりの史跡も多数見られる。僕も実際に経験して驚きましたが、よく見知った場所も、上から見ると、まったく違います。静かに噴煙を上げる桜島、大噴火の跡が生々しい霧島連峰、真っ青に輝くカルデラ湖……。ヘリコプターなら、かなり接近できますから、火山の上空は怖くなるほどの迫力です。これぞ、世界に誇る火の国ニッポン!と深い感動が湧いてきます。同時に、これだけ火山が連なり、地震などの自然災害も多い国だから、日本人は自然に畏敬の念を持ち、共生する道を選んできたのだな、と改めて思いました。
爆発的噴火をして間もない2018年3月の新燃岳。噴火口に溶岩でできた “蓋″と煙が見える。手前の御鉢(おはち)は、むき出しの赤い地層に目を奪われる。奥は高千穂峰。写真2点はともに田島さんが空撮したもの。圧倒的な大自然に息をのむたび、3D観光実現への情熱が高まったという。気候風土というものは、いうまでもなく、食や文化、暮らしと密接な関係があります。なぜ九州山地を境に日本酒と焼酎の文化に分かれるといわれるのか。なぜ福山は黒酢の、霧島はお茶の名産地なのか。眼下の風景を楽しみながら、そうしたことに思いを巡らせるのも面白いですよ。
鹿児島に限らず、もう十分見尽くしたと思うような観光地でも、鳥の目線で見れば、新鮮な驚きや発見、感動がある。海外旅行にも宇宙旅行にも負けない、わくわくする旅を提供できると、僕は確信しています。このプロジェクトがうまくいけば、日本の観光はダイナミックに変わるはずです。
僕の目下の心境は、ドン・キホーテ。無謀な妄想で終わらせず、コロンブスの卵にできるのか? 思い上がりといわれても、僕はぶれずに粛々とやっていくだけです。
「天空の森」オーナー 田島健夫(たじま・たてお)
1945年、鹿児島県・妙見温泉の湯治旅館「田島本館」の次男として生まれる。東洋大学卒業後、銀行員を経て、1970年に茅葺きの温泉宿「忘れの里 雅叙苑」を、2004年に約60万平方メートルの広大なリゾート「天空の森」を開業。尽きないアイディアと類い稀なる実行力で、日本の観光業界を牽引する。
撮影/小林廉宜 本誌・西山 航 取材・文/清水千佳子
『家庭画報』2023年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。