これぞジュエリーの真髄 第8回(01) アールヌーヴォーとルネ・ラリック 有川一三氏が主宰する「アルビオンアート」の歴史的な芸術品の数々を、宝石史研究家の山口 遼さんの解説で紐解くジュエリー連載。第8回は、アールヌーヴォーとその天才、ラリックについてご紹介します。
前回の記事はこちら>> 奇抜でユニークなデザインの集まり
アールヌーヴォーとは日本でも広く知られた言葉で、1890年頃から1910年前半くらいまでに西欧、主にフランスやベルギー、スペインなどで起きた芸術運動をいいます。装飾芸術、建築、絵画などに影響を与え、ジュエリーの世界でもラリックなどの天才が出て、見事な作品が残っています。
ただ注意しなければいけないのは、美術史などにこの時代はアールヌーヴォー一色であったかのような記述がありますが、そうではありません。特にジュエリーの世界では同時代に端正なベルエポック様式のものが富裕層には好評であり、またヴィクトリア時代に生まれた大衆向けのジュエリーも大量に作られていました。
アールヌーヴォーは大宝石店が手がけたものではなく、優れたデザイナーが自らデザインし、優れた職人とともに作り、自分で売っていたもので、事実、フランスのカルティエや英国のアスプレイ、ガラードなどはほとんど作っていません。ですから非常に数が少ないのです。その少ない作品をたくさん持っているのが、アルビオンアートの面白いところです。
その特徴で何よりも目につくのは、曲線の多用です。直線らしきデザインはほとんどありません。そして左右非対称。デザインテーマとしてはほとんどが具象で、抽象的なデザインは皆無に近い。具象の中でも、奇抜な動植物、裸婦の姿、風景など、明らかに日本の影響を感じるものも多いのです。
1.[ジョルジュ・フーケ 作]シー・ドラゴンのティアラ/ブローチ
製作年代:1900年頃
製作国:フランス1はティアラ兼ブローチ。パリのフーケの作品で「海竜」という名前がついていますが、想像上の怪獣でしょう。金属の箔を引いた上に青や緑のエナメルを乗せたもので身体全体を覆い、口には手当たり次第にカットしたようなアクアマリンを咥えています。
2.[ジョルジュ・フーケ 作]ヴィーナス誕生のペンダント
製作年代:1900年頃
製作国:フランス2もフーケで、貝殻の上に立つ象牙の裸婦。赤のエナメルで珊瑚を、青のエナメルに金をちらして海藻を描いています。
3.[ウジェーヌ・フィヤトール 作]蝶の精のブローチ
製作年代:1900年頃
製作国:フランス3はラリックの工房で働いていたフィヤトール。青いエナメルの蝶々の羽の間から、オパールを彫った女性の顔がのぞいています。
4.[ルイス・マスリエラ 作]アールヌーヴォーのペンダント
製作年代:1906年
製作国:スペイン4はパリを離れスペインで活躍したマスリエラの作品。透明なエナメルを背景に、象牙で彫った美女をサファイアの縁取りで飾っています。フランスの物と比べると少しおとなしいですね。
5.[ジョルジュ・フーケ 作]麦の穂のリング
製作年代:1908年頃
製作国:フランス5は麦の穂を描いた指輪。穂はサファイア、背景は透明なエナメルで、じつに繊細です。
英国ではアールヌーヴォーと同時代に、やはり新進のデザイナーや学生などが中心となるアーツアンドクラフツ運動が起きます。
これらは作りの部分で繊細さに欠けるものが多いのですが、6は稀に見る繊細な作品です。動物の角を彫った植物からムーンストーンで作った露がしたたり落ちる様をデザインしています。
6.[フレデリック・パートリッジ 作]ムーンストーンを配したホーンのティアラ
製作年代:1900年頃
製作国:イギリス最後に、私がアールヌーヴォーで最も好きなラリックの指輪7。
7.[ルネ・ラリック 作]エメラルドのクラウンを冠した頭像のリング
製作年代:1900年頃
製作国:フランス中央にカボッションカットのエメラルドを配し、その下に象牙で彫った女性を裏表に取り付けたもの。長い髪の毛は金に彫り込まれ、王冠をかぶったようにも見えます。つけている人よりも周りの人のほうがデザインをよく鑑賞できる面白さがあります。
どうでしょう、奇抜でユニークなデザインの集まり、それがアールヌーヴォーです。
監修・文/山口 遼 撮影/栗本 光
『家庭画報』2023年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。