9月 花と実に託す不老長寿と邪気祓い
文=岡田 歩(造花工藝作家)
暑さの余韻に浸り、澄み渡る空を見上げると、どことなく寂しげな空模様。爽やかな色なき風が夏の疲れを癒やし、秋の訪れを感じる今日この頃。
陽射しの強さに負けじと溌剌と咲き誇る花も次第に姿を消して、侘びた佇まいの楚々とした草花が現れます。儚げな草花の葉に夜明けの露が白く光ると、枝葉よりひと足早く色づく木の実たち。これから深まりゆく秋に思いを馳せ、「茱萸袋(ぐみぶくろ)」より想を得て、重陽の節句飾りをこしらえました。
文化3年(1806) 西村知備(にしむら・ともなり)著『懸物図鏡(かけものずかがみ)』には、「袋は綾または羅(うすぎぬ)の深紅」とも綴られていますが、今回こしらえた茱萸袋は、正方形に裁断した布を接いで袋にし、色は黒に赤い染料を加えて染めました。五節句の締めくくり、「菊の節句」と呼ばれる重陽の節句。他の節句同様に中国から日本に伝わってきた習わしで、さまざまな形で日本各地に広まっています。この時季に咲き始める菊は、姿形が高貴にして薬効成分も高く、無病息災や不老長寿をもたらすと信じられてきました。ゆえに観賞以外の風習も多く伝わっています。例えばその花に真綿を被せ(着せ綿といいます)、翌朝、朝露を含んだその綿で体を拭いて無病を願う、また能の演目としても知られる『菊慈童(きくじどう)』にあやかり、菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わして不老長寿を祈願することも。
諸説ありますが、平安時代の身分の高い人々は、重陽の節句の日に、赤い袋の中に呉茱萸(ごしゅゆ)の実を入れた茱萸袋を御帳(みちょう。寝所に置く調度)の柱に掛けたと伝えられています。その実のもつ薬効や強い香りが災いを避け、邪気を祓うと考えられていたからです。
時を経て、江戸時代になると、呉茱萸だけでなく、山茱萸(さんしゅゆ)なども茱萸袋に用いられるようになり、いまの形になったと聞きますが、私なりの願いを込めた茱萸袋には、木綿の葉を用いて呉茱萸の枝をかたどり、絹の小菊を添え、一針一針、布を接いで仕上げた利休袋に飾りました。
小さな呉茱萸の実は紙粘土を用いてこしらえました。木べらの先で一粒一粒に細工を施し、赤く彩色しています。五節句は、「陰陽五行説」に由来するといわれています。ご存じの方も多いと思いますが、陰陽五行説とは、森羅万象は「陰陽」の相反するものと、「五行(木、火、土、金、水)」の5つの要素の相互作用により成り立つ、という古代中国の思想で、政治や行事、学問などのさまざまな物事に強い影響を与えてきました。そして五行の要素は、それぞれ「青、赤、黄、白、黒」の5色によっても表されています。
重陽の作品には、五行の思想を色濃く取り入れたいと思い、葉の青、実の赤、菊の花蕊(かずい)の黄、紐と菊弁の白、袋の黒、と5色を用いました。万物の流れを整え、心と身体のバランスの調和をはかり、健やかになりますように……。無病息災と不老長寿の願いを込めた茱萸袋の飾り花です。
岡田 歩(おかだ・あゆみ)
造花工藝作家
物を作る環境で育ち幼少期より緻密で繊細な手仕事を好む。“テキスタイルの表現”という観点により、独自の色彩感覚と感性を活かし造花作品の制作に取り組む。花びら一枚一枚を作り出すための裁断、染色、成形などの作業工程は、すべて手作業によるもの。URL:
https://www.ayumi-okada.com ・
連載「季節の賞翫 飾り花」記事一覧はこちら>>>