9月・ワレモコウ
ひそやかに吾紅々と命燃やして
選・文=小林浩幸(雑草生態学者)花は野にあるように、季節のものを生けるのが良い、と言うのは千利休だ。ワレモコウが街中に自生することはまずないが、その割にしばしば口の端にのぼるのは、栽培されたものが茶花や生け花として親しまれているからだろう。
写真/葉月〈PIXTA〉
でも実際には、農村でも普通に見られる花ではなくなっている。管理がほどよい採草地や田の畦畔(けいはん)で見かけることはあるが、そんな立地はずいぶん減った。牛の飼養を購入の飼料に頼るようになって久しい。
写真/石井孝親〈アフロ〉
おかげで採草地の多くは荒れ果て、ワレモコウの生育できる場所ではなくなった。茶花を通じて日本人の心象風景として残り続けるのは喜ばしいが、一方で、野に咲くワレモコウが減っていくのには一抹の寂しさをおぼえる。
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