エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2023年10月号に掲載された第27回、小林聡美さんによるエッセイをお楽しみください。
vol.27 「待ってました」の栗蒸し羊羹文・小林聡美ひとは、あまりにオソロシイ体験をすると、自分の身を守るためその記憶を部分的に消去するそうだ。
今となっては毎月楽しみな句会も、初めて参加した時はオソロシサしかなかった。というのも、その句会というのは、ある筋では有名な、四十年近く続く女人禁制の句会だったからだ。九代目入船亭扇橋さんを宗匠に、小沢昭一さん、永六輔さん、加藤 武さんはじめ、作家や藝能評論家などなど、錚々たる顔ぶれの「東京やなぎ句会」。そんなオソロシイ句会にお邪魔することになったのは、その句会のメンバーである十代目柳家小三治さんにゲストとしてお声をかけていただいたからだ。
俳句を始めたばかりで、関する本を読む中「東京やなぎ句会」の本は抜群に面白く、それまでの俳句や句会に対するイメージが変わった。そんな句会を生で見学できるまたとない機会だ。わたしは尻込みする自分を奮い立たせた。
新橋のとある会館の会議室。扉を開けると、件(くだん)のオジサマたちが応接セットに鎮座し、キャッキャと楽しそうにされていた。わたしは緊張のあまり、その後の記憶を失っている。
それから後、なぜかわたしは女人禁制だったその句会のメンバーとして迎えられた。句会の会場も新橋から神保町の出版社の会議室に移り、その出版社で御本をお出しになっているメンバーのおかげで、毎月手厚いおもてなしをいただいた。
わたしがいつも楽しみにしていたのは、編集者のかたが用意してくださる温かいお茶とご近所の和菓子屋さんの季節のお菓子。なかでも、栗蒸し羊羹は、一年のうちたったひと月だけの贅沢なもの。素朴だけれど作り手の誇りを感じる深い味わいで、句会の強面のオジサマたちも、栗蒸し羊羹の月は「よっ、待ってました」と嬉しそうだった。
お世話になった編集者のかたも定年退職され、「東京やなぎ句会」もなくなった。栗蒸し羊羹が店に並ぶ頃、オジサマだらけだった楽しい句会を思い出す。句会は名前を変え、場所を変え、新しい会員も加わり、今も毎月続いている。
小林聡美俳優。1982年公開の『転校生』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。以来、映画、テレビドラマ、舞台で活躍。代表作に映画『かもめ食堂』『めがね』『プール』『紙の月』、ドラマ『やっぱり猫が好き』『すいか』など。エッセイを中心とした執筆活動も行い、『ワタシは最高にツイている』『わたしの、本のある日々』など著書多数。
宗家 源 吉兆庵
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