クラシックソムリエが語る「名曲物語365」 難しいイメージのあるクラシック音楽も、作品に秘められた思いやエピソードを知ればぐっと身近な存在に。人生を豊かに彩る音楽の世界を、クラシックソムリエの田中 泰さんが案内します。記事の最後では楽曲を試聴することができます。
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第23回 ベートーヴェン ピアノソナタ第14番『月光』
イラスト/なめきみほ
人生を変えた手紙とベートーヴェンのピアノソナタ
今日9月23日は、音楽評論家・吉田秀和(1913~2012)の誕生日です。
吉田氏については個人的に忘れられない思い出があります。高価なベートーヴェンの『ピアノソナタ全集』が欲しくてたまらなかった学生時代、どのアルバムを買うべきか悩んだあげく、「音楽評論の第一人者、吉田秀和さんに聞いてみよう」と思い立ち、質問状を鎌倉のご自宅宛に送ったのです。
すると驚いたことに1週間もたたないうちに返事が届いたのです。件のアルバムを選ぶ上でのアドバイスが事細かに書かれた葉書を何度読み返したことでしょう。そして、この手紙をネタに親を説得して購入した『吉田秀和全集』が、まさに自分の人生を変えたのです。
あれから数十年の時が過ぎ、今こうしてクラシック業界に身を置いているのも、ベートーヴェンの『ピアノソナタ全集』と吉田氏の手紙がきっかけにほかなりません。当時夢中で聴いたグルダのベートーヴェン:ピアノソナタ第14番『月光』の感動は、今も少しも色褪せません。
田中 泰/Yasushi Tanaka
一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事。ラジオや飛行機の機内チャンネルのほか、さまざまなメディアでの執筆や講演を通してクラシック音楽の魅力を発信している。