クラシックソムリエが語る「名曲物語365」 難しいイメージのあるクラシック音楽も、作品に秘められた思いやエピソードを知ればぐっと身近な存在に。人生を豊かに彩る音楽の世界を、クラシックソムリエの田中 泰さんが案内します。記事の最後では楽曲を試聴することができます。
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第29回 テクラ・パダジェフスカ『乙女の祈り』
イラスト/なめきみほ
ピアノ学習者に愛される人気曲の背景とは
今日9月29日は、ポーランドの女性作曲家テクラ・パダジェフスカ(1834/1838~61)の命日です。
パダジェフスカがこの世に残した唯一の記憶が、ベートーヴェンの『エリーゼのために』と並ぶピアノ学習者にとっての人気曲『乙女の祈り』でしょう。専門的な音楽教育を受けず、サロンでピアノを演奏しながら作曲を行っていたパダジェフスカが生きた時代は、後期ロマン派の真っただ中。ブラームスやドヴォルザーク、チャイコフスキーらが活躍し、ワーグナーやヴェルディがオペラを生み出していた時代だっただけに、女性が音楽家として生きる道はかなり厳しかったといわざるをえません。
そのパダジェフスカが15歳前後で作曲した作品が『乙女の祈り』でした。バダジェフスカに関する資料のほとんどは第2次世界大戦の際に焼失し、母国ポーランドにおいても彼女はまったく無名の存在です。にもかかわらず、日本人の多くが『乙女の祈り』を知っていることはまるで奇跡のようにも思えます。
田中 泰/Yasushi Tanaka
一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事。ラジオや飛行機の機内チャンネルのほか、さまざまなメディアでの執筆や講演を通してクラシック音楽の魅力を発信している。