クラシックソムリエが語る「名曲物語365」 難しいイメージのあるクラシック音楽も、作品に秘められた思いやエピソードを知ればぐっと身近な存在に。人生を豊かに彩る音楽の世界を、クラシックソムリエの田中 泰さんが案内します。記事の最後では楽曲を試聴することができます。
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第36回 R・シュトラウス『イノック・アーデン』
イラスト/なめきみほ
今の世の中に必要な愛(メロドラマ)がここに
今日10月6日は、英国の詩人アルフレッド・テニスン(1809~92)の命日です。その彼が残した哀れな水夫の物語を題材としたR・シュトラウス(1864~1949)の『イノック・アーデン』を知っているとしたら、あなたは相当なクラシック通かR・シュトラウスファン、または熱烈なグレン・グールドフリークに違いありません。
グールド15枚目のアルバムとして世に出た『イノック・アーデン』は、“ピアノと朗読によるメロドラマ”という、およそ売れそうもない地味な作品です。実際に売れた枚数はLPレコード2000枚ほどだというのですから、飛ぶ鳥を落とす勢いのグールドにとっては、異例の少なさといえます。
しかし天才グールドが利益を度外視して臨んだ『イノック・アーデン』の魅力は侮れません。英語朗読の内容を知るために読み始めたアルフレッド・テニスンの原作は、涙なしには読めないほどの感動作。かつて美輪明宏氏が「今の世の中に必要なのは愛(メロドラマ)よ」と語ったその言葉が肌で感じられる名作です。
田中 泰/Yasushi Tanaka
一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事。ラジオや飛行機の機内チャンネルのほか、さまざまなメディアでの執筆や講演を通してクラシック音楽の魅力を発信している。