季節の賞翫 飾り花造花工藝作家の岡田 歩さんが綴る、四季折々の行事と草花の物語を月に1回、12か月紹介する連載です。一点一点丁寧に、創意工夫を凝らして作った飾り花を賞翫しましょう。
※賞翫/良い物を珍重し、もてはやすこと。物の美を愛し味わうこと。
11月 晩秋に咲く花に宿る品格
文=岡田 歩(造花工藝作家)
実りの時期を境に生命の勢いが次第に衰え、万物が凋落する季節。
木々の葉が色づき、末枯(すが)れると、ひときわ引き立つ残る花の姿。冷たい空気の中、毅然として花を咲かせる佇まいが印象的です。秋の愁いと名残を惜しむ心を菊花に託し「移ろい菊の花籠」をこしらえました。
手染めした和紙を用いて籠を組み、小菊を無造作に飾った花籠です。
見頃を過ぎて咲き残る白や黄色の菊の花は、急激に空気が冷え込むなかで霜や時雨にあうと、花びらが霜焼けとなり、時の移ろいとともに美しく紫色に変化してゆきます。この菊を「残菊」または「移ろい菊」といいます。
衰えてもなお美しさを残す移ろい菊には、花そのものの姿形を超えたなにかを感じます。盛りを過ぎた風情の中にある、花としての品格とでもいいましょうか。落ちゆく花の色の移ろいには無常の美が宿ります。
いつの頃からか私の手元には、いけばなの先生だった曾祖母の残したいけばなの構図帖がありました。曾祖母は明治生まれですが、自転車に乗ったり、撮った写真を暗室で現像したり、日本画を習って自分のいけた花を描き留めたり……好奇心旺盛で、たいそう活動的な女性だったと聞いています。私は構図帖を本棚から取り出しては、ひたすら眺めて過ごすことも多く、そのおかげで自然と花を飾る習慣が身についたように思います。器物との取り合わせなどに関心を持つようになったのも、その影響でしょうか。
菊の花びらは一度、白と淡い黄色に地染めをしています。花びらそれぞれの表情が異なるように、紫色のぼかし染めを重ねました。
木々や草花などの植物は美術の題材として欠かせませんが、その中でも私は器物にいけられた花の絵が好きで、特に日本の琳派や中国の南宋時代の花籠図に強い魅力を感じます。寸分の狂いもないような目が揃った籠に、品よく形を整えていけられた花。身近な庭で摘み取って無造作に生活雑器としての籠に入れた花。そのどちらにも魅力があります。籠は草花の個性を最大限に活かす美点があると思うのです。
花蕊(かずい)には、ところどころに黄色く染めた細かい粒子を付着させています。
そろそろ冬支度の季節。和紙を編んでこしらえた花籠に移ろい菊を添えて、今年の秋にお別れをいう時がやってきました。
岡田 歩(おかだ・あゆみ) 造花工藝作家
物を作る環境で育ち幼少期より緻密で繊細な手仕事を好む。“テキスタイルの表現”という観点により、独自の色彩感覚と感性を活かし造花作品の制作に取り組む。花びら一枚一枚を作り出すための裁断、染色、成形などの作業工程は、すべて手作業によるもの。
URL:
https://www.ayumi-okada.com撮影協力/
六雁・
連載「季節の賞翫 飾り花」記事一覧はこちら>>>