クラシックソムリエが語る「名曲物語365」 難しいイメージのあるクラシック音楽も、作品に秘められた思いやエピソードを知ればぐっと身近な存在に。人生を豊かに彩る音楽の世界を、クラシックソムリエの田中 泰さんが案内します。記事の最後では楽曲を試聴することができます。
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第43回 武満 徹『雨の樹』
イラスト/なめきみほ
文学と音楽の叡智から生まれた信頼の証し
今日10月13日は、大江健三郎(1935~2023)のノーベル賞受賞日です。受賞年度は、『燃えあがる緑の木』を連載中の1994年。日本人のノーベル文学賞受賞は、1968年の川端康成以来2人目の快挙でした。
その大江健三郎とクラシック音楽の関わりについては、1982年刊行の連作短編集『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』にまつわる逸話が素敵です。この連作集の第1作『頭のいい「雨の木」』に触発された武満 徹(1930~95)が、打楽器のためのアンサンブル曲『雨の樹』を作曲。それを受けた大江が、同曲の初演にまつわる第2作『「雨の木」を聴く女たち』を手がけるという知の連鎖は、2人の親密な関係を象徴する出来事です。
武満は後に関連曲として、ピアノ曲『雨の樹素描』、『雨の樹素描II―オリヴィエ・メシアンの追憶に―』なども作曲。作品への思いの深さがうかがえます。2人には、共著『オペラをつくる』(岩波新書)もあっただけに、未遂に終わったことが惜しまれます。ちなみに2016年10月13日は、ボブ・ディランの同賞受賞日です。
田中 泰/Yasushi Tanaka
一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事。ラジオや飛行機の機内チャンネルのほか、さまざまなメディアでの執筆や講演を通してクラシック音楽の魅力を発信している。