「小倉百人一首」を再構築。現代の言葉で改めて味わう
マイホームは都心の東南いい感じ憂鬱山と人は言うけど小倉百人一首の8番、喜撰(きせん)法師の歌を東 直子さんが現代語で詠み直した一首だ。本歌はこちら。
わが庵は都(いほはみやこ)のたつみしかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり本書には、小倉百人一首を東さんが現代語で再構築した現代短歌と本歌、作者の情報、そして東さんによる解説が一首ごとに掲載されている。
「この歌は、子どものころ、“しか”は“鹿”で、“うぢ”は虫の“ウジ”で気持ち悪い、などと思っていましたが、大人になって意味を知ると全然違っていたことがわかり、驚いた一首です。“しか”は“このように”という意味、“うぢ”は都(京都)の東南に位置する“宇治”で、その音から“憂し”という意味が引き出されています」
現代短歌と本歌、解説を読むことで、子どもの頃から親しみ、覚えている31音の意味やニュアンスを知ることができる。東さんは、どのように小倉百人一首に触れてきたのだろうか。
「子どもの頃は、みなさんと同じで、かるた取りや坊主めくりをして遊んでいました。中高生のときに読んだ漫画『はいからさんが通る』では、“瀬をはやみ岩にせかるる滝川(たきがは)のわれても末に逢(あ)はむとぞ思ふ”が、主人公の2人の再会を象徴する歌として重要な役割を果たしていたので、よく覚えています。でも、作者の崇徳院(すとくいん)の怨霊伝説などを知ると、ロマンティックなだけでない、また違った味わいになります」
本書の「あとがき」には、“和歌には、枕詞、序詞、縁語、係り結び、本歌取りなど、多くの技巧が施され、それらが複雑に絡み合い、表面に出ている言葉以外の意味がみっしりと潜んでいる”と書かれている。それらをほぐしてエッセンスのみが取り出された東さんの歌は、現代の私たちにとって、より胸に迫る言葉の連なりとなる。
気候変動や戦争など、予測不可能なことが多く起きる現代において、改めて味わいたい歌を伺った。
「源 実朝(みなもとのさねとも=鎌倉右大臣)の“世の中はつねにもがもな渚漕ぐあまの小舟(をぶね)の綱手(つなで)かなしも”は、激動の運命に翻弄され、若くして命を落とした実朝の心情が心に沁みます。
反対に、持統天皇の“春過ぎて夏来(き)にけらし白妙(しろたへ)の衣干(ころもほ)すてふ天の香具山(かぐやま)”は、新しい季節がやってきて、初夏の心地よい風が吹き、緑豊かな香具山を見ながら白い衣を干しているという、爽やかな情景を歌っています。新しい着物に着替えて、気持ちも新たに明るいほうへ向けて生きていこうという意思の表れとも読めますね。心機一転、希望に満ちた日々へと気分を変えてくれるでしょう」
おすすめの歌の現代版は、本書にて。
『現代短歌版百人一首 花々は色あせるのね』
東 直子 著 春陽堂書店
1番の天智天皇から100番の順徳院まで、見開きごとに1首掲載。興味の赴くままにランダムに読むこともでき、順番どおりに読むと時代の流れが感じられる。カバー・イラストも東氏によるもので、ブックデザインは映画監督でもある息女の東 かほり氏が手がける。
東 直子(ひがし・なおこ)
歌人・作家・イラストレーター。1996年歌壇賞受賞。2016年『いとの森の家』で第31回坪田謙治文学賞受賞。歌集に『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)、歌書に『短歌の時間』(春陽堂書店)、近著に短編集『ひとっこひとり』(双葉社)がある。URL:http://www.ne.jp/asahi/tanka/naoq/
「#本・雑誌」の記事をもっと見る>>