松岡修造の人生百年時代の“健やかに生きる”を応援する「健康画報」
2025年には約700万人が認知症になると予想されている日本。今や誰もが当事者となりえる時代に、精神科医の新井平伊先生は「認知症になっても人生終わりじゃない」と力強くいいきります。認知症の7割を占めるアルツハイマー病治療の最前線に立ち続ける先生に、その言葉の真意と、病気に関する最新情報を伺いました。
前回の記事はこちら>> 連載一覧はこちら>> 新井平伊先生が院長を務める「アルツクリニック東京」は東京駅日本橋口直結。全国から訪れる患者さんの利便性を第一に考えて決めたのだそう。(松岡さん)スーツ、ベスト、シャツ、ネクタイ、チーフ、靴/コナカ
アルツクリニック東京院長、精神科医 新井平伊先生
松岡さんに「仕事がお忙しくて、好きなことをする時間がありませんね?」と聞かれた先生は、「仕事が趣味みたいなもので」と苦笑。休みの日に、テレビのサスペンスドラマを観ながら論文を書くこともあるのだそう。
新井平伊先生(あらい・へいい)1953年茨城県生まれ。1984年順天堂大学大学院医学研究科修了。順天堂大学医学部附属順天堂医院にてメンタルクリニック科長や認知症疾患医療センター長を歴任。1999年には日本初の若年性アルツハイマー病専門外来を開設。2019年にアルツクリニック東京を開業し、アミロイドPET検査を導入。順天堂大学医学部名誉教授。日本老年精神医学会前理事長。アルツハイマー病の基礎と臨床を中心とした老年精神医学が専門。近著に『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』。
アルツハイマー病は「予防」の時代へ
松岡 先生は日本でいち早く、アルツハイマー病の予防に力を入れたクリニックを開業されました。その理由を教えていただけますか。
新井 日本では2019年に「認知症施策推進大綱」、2023年に「認知症基本法」が成立し、認知症対策を推進しています。おそらく、認知症のケア体制は世界でも進んでいるほうだと思うのですが、「予防」はまだまだなんですね。そこで私は予防の普及をライフワークにしたいと思い、大学を定年退職した後、「アルツクリニック東京」を開業しました。ところで、認知症とは病名ではなく、あくまで症状のことで、タイプが多岐にわたるので、今日はその7割を占めるアルツハイマー病に絞って、お話しさせていただきますね。
松岡 よろしくお願いいたします。
「アルツハイマー病はどう捉えればいいですか」──松岡さん「早期“予見”、早期“予防”の時代。恐れずに迎え撃ちましょう」──新井先生新井 当院のスローガンは、「早期“予見”、早期“予防”」。認知症を恐れるのではなく、迎え撃つ、という姿勢です。
松岡 迎え撃つ。そのためには、具体的に何ができるのでしょう。
新井 1つは、WHО(世界保健機関)が2019年に発表した、認知症予防のために重要な12項目を実行することですね。これについては大規模な研究も行われていて、効果があることがわかっています。そして、もう1つが、検査で「敵を知る」こと。
松岡 敵を知る?
新井 スポーツも、勝とうと思ったら、必ず相手のことを調べるでしょう? 病気も一緒です。そのために有効なのが、一定量溜まるとアルツハイマー病を発症することがわかっている「アミロイドβ」という物質の量を調べるアミロイドPET検査です。
松岡 その検査を受けると、どこまでのことがわかるのですか?
新井 従来のМRIやCTを使う認知症の検査だと、脳の萎縮がわかった段階で認知症の手前のМCI(軽度認知障害)の後期くらいだったんですね。でも、アミロイドPET検査なら、アルツハイマー病の発症を20~25年くらい前に予測できるので、МCIの手前で予防できる。2010年代以降、日本の大学病院や国立の研究所で用いられるようになった検査です。
松岡 画期的な検査なのですね! 個人の病院で受けられるところはまだ少ないようですが、先生はなぜ開院と同時に導入されたのですか?
深い後悔から生まれた最新式検査普及への使命感
新井 大学の病院にいた頃、毎年仙台から、従来の認知症検査を受けにきていた患者さんがいらしたんです。今回も大丈夫ですね、といい続けて7年目、物忘れの数値が初めて悪かった。ちょうどその頃、大学でアミロイドPET検査ができるようになっていたので、研究枠で受けてもらったところ、アルツハイマー病の発症が判明しました。もっと早くにこの検査をしていたらと、深く後悔しましてね。二度と同じことはすまいと心に決めたのです。
松岡 そのかたは現在も大学の病院へ通われているのですか?
新井 今は地元の病院で治療を受けておられますが、それほど重くなっていないと聞いています。
松岡 そうでしたか。アミロイドPET検査がこの先、どんどん広まっていくといいですね。
新井 実は、2024年の春頃までに保険適用になることを期待しています。条件付きでの適用になると思いますが、そうすると、がんのPET検査と同じくらい、1回数万円程度になって、より多くの人が受けやすくなります。
松岡 それは朗報ですね!
新井 そのために、これまでの実施例での安全性調査にも協力しているので、うちのデータはこの検査の普及にもすごく役立っていると思います。
松岡 素晴らしいです。ところで、先生は、毎日診察されていて、この病気について、また患者さんについて、どんなことを感じられていますか?
新井 一番は、患者さんもご家族も、人生を精一杯、まっとうされているということです。うちのクリニックには全国各地から患者さんが見えますが、診察で上京した際、東京に住んでいるお子さんたちと会って食事をするのが楽しみだと話すかたがいます。また、認知症をきっかけに、積極的に旅行やゴルフ、ジムへ行くようになったと話す人もいる。皆さんがそういう話を生き生きとされるのを聞いていると、病気なんて、もちろんならないに越したことはないけれど、なってしまっても、豊かな人生は送れるということを確信します。自分自身は人生の大切な時間を無駄にしていないか?と自問する日もあるほどです。
新井先生は松岡さんに負けないくらい熱いハートの持ち主。認知症への偏見をなくしたいとの思いから、映画やドラマの医学監修も手がけています。