月面着陸並みにすごい？新薬「レカネマブ」とは
松岡 精神科医の先輩だったお父さまも認知症になられたと伺いました。
新井 うちの父親は94歳で亡くなったのですが、90歳頃から、耳が遠くなったこともあり、同じ話を繰り返したり、物忘れをするようになりました。80歳を過ぎたらそういう人のほうが多数派だと知っていますから、さもありなんと思いつつ、やっぱり家族になると、つい怒鳴ってしまったり。ちょっと寂しい思いをさせたかな……という後悔は消えません。外来で、ご家族に「何度聞かれても、初めて聞かれたように答えてあげてくださいね。怒鳴っちゃうのも身内だからこそなので、たまにはいいですけど、病気にはよくないですから」といいながら、自分はできていなかったなと思ったりします。でもね、そういう話をすると、いいこともあるんです。私が患者さんの奥さんに「感情的にならずに、優しくしてあげてくださいね」というと、いつもは妻に文句ばかりいっている患者さんが、「いや、感謝してるんですよ」などといいだす。すると奥さんは「こんなこといってくれて」と涙を流すんですね。
松岡 それはたまりませんね。
新井 日々気づかされること、学ぶことばかりです。内科など一般診療科では、患者さんは診察や手術で裸になることもありますが、メンタルではいわば心を裸にして、さまざまな思いを語ってくれます。私たちは、その心に寄り添って、一緒に人生を歩んでいくのが仕事。そして、患者さんとご家族が冷静に判断できるような状況をつくることを心がけています。
松岡 患者さんとご家族にとって、とても心強いことですね。
「正式承認が近い新薬は、月面着陸と同じくらい画期的なものです」──新井先生「医療の目覚ましい 進歩を伺っていると、希望が湧いてきます」──松岡さん
松岡 ところで、厚生労働省が近日中に新薬「レカネマブ」を正式に承認するというニュースを耳にしました。この新薬の開発は、どのくらいすごいことなのでしょうか？
新井 人類が月に着陸して、最初の一歩を踏み出したことくらいですね。
松岡 それほどですか！
新井 アルツハイマー病が初めて報告されてから120年で、初めてできた根本的な治療薬ですから。
松岡 この薬もアミロイドβが関係あるのでしょうか？
新井 はい。脳内のアミロイドβを減らし、アルツハイマー病の進行を抑制する薬です。今はまだ緩やかに症状が進んでしまうのですが、いずれもっと改良されて、ほぼ横ばいになれば、認知症の手前のМCIの段階で発見した場合に、発症させないですむという未来も開けるかもしれません。
松岡 怖いイメージのあるアルツハイマー病も、最新の検査と薬があれば、迎え撃つことができる。お話を伺っていて、希望が湧いてきました。貴重なお話をありがとうございました。
認知症のリスクを減らす12の推奨項目
● 身体活動による介入（運動）
● 禁煙による介入
● 栄養的介入（バランスのとれた食事）
● アルコール使用障害への介入（危険で有害なお酒の減量、中断）
● 認知的介入（認知トレーニング）
● 社会活動（社会参加と社会的支援）
● 体重管理（過体重、肥満の注意）
● 高血圧の管理
● 糖尿病の管理
● 脂質異常症の管理（総コレステロール値）
● うつ病への対応
● 難聴の管理
出典：WHO「認知機能低下および認知症のリスク低減」のガイドライン（2019年）
修造の健康エール
どうすれば幸せな人生を送れますか？僕の質問に、新井先生は即座に「情熱的に生きることです」と答えてくださいました。「夜寝る前に『明日これをやりたいな』と思えることが何か1つあれば、それでいいんです」。
実はクリニックの名前にある「ALZ（アルツ）」は「Active Life with Zeal（情熱的な人生を送る）」という理念の頭文字。アルツハイマー病の意味も兼ねているそうですが、先生は一見クールに見えて情熱溢れるかたなのです。
病気を迎え撃つには敵を知ることが大事とおっしゃったとき、それは自分自身を知ることにも通じますか？と尋ねると、「そのとおり。“彼を知り己を知れば百戦殆あやうからず”です」とにっこり。その孫子の教えと情熱を胸に生きていきます。
松岡修造（まつおか・しゅうぞう）1967年東京都生まれ。1986年にプロテニス選手に。1995年のウィンブルドンでベスト8入りを果たすなど世界で活躍。現在は日本テニス協会理事兼強化本部副本部長としてジュニア選手の育成・強化とテニス界の発展に尽力する一方、テレビ朝日『報道ステーション』、フジテレビ『くいしん坊！万才』などに出演中。『修造日めくり』はシリーズ累計210万部を突破。近著に『教えて、修造先生！ 心が軽くなる87のことば』。ライフワークは応援。公式インスタグラム／
＠shuzo_dekiru
