クラシックソムリエが語る「名曲物語365」 難しいイメージのあるクラシック音楽も、作品に秘められた思いやエピソードを知ればぐっと身近な存在に。人生を豊かに彩る音楽の世界を、クラシックソムリエの田中 泰さんが案内します。記事の最後では楽曲を試聴することができます。
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第66回 シューマン『トロイメライ』
イラスト/なめきみほ
“世紀のカリスマピアニスト”が愛し続けた小さな夢
今日11月5日は、ウラディミール・ホロヴィッツ(1903~89)の命日です。ロシア帝国(現・ウクライナ)のキーウに生まれたホロヴィッツは、ロシア革命をきっかけに祖国を離れ、1928年の伝説的なアメリカデビュー以来、同国を拠点に活躍した20世紀最大のピアニストの1人です。
リストやラフマニノフなどの難曲を、圧倒的な超絶技巧とオーケストラにも匹敵する大音量によって弾きこなし、世界中の聴衆を魅了してきたホロヴィッツのもう1つの側面が、スカルラッティやショパン、シューマンなどの小品に強い愛着とこだわりを持っていたことでしょう。
中でもシューマン(1810~56)のピアノ曲集『子供の情景』の第7曲『トロイメライ』は、コンサートの最後に頻繁に披露されたホロヴィッツの愛奏曲の1つです。独特の美しいピアノの音色によって奏でられる『トロイメライ(=夢)』からは、ホロヴィッツの優しさとともに、たび重なる演奏活動の中断にもつながった内向的で繊細な本質が垣間見えるようです。