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工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】最終回「それぞれの女性たちの嫉妬について(前編)」

2023.12.14

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大過去に恋人とラハイナに行ったのだろうか。それをうっかり思い出したから、自然と口からこぼれ出てしまった。82歳なんだから記憶に無防備になっているのは当り前かもしれない。そのこぼれたものを拭うように、夫は口の横をしきりに撫ぜた。

彼の慌てぶりはおかしかったが、もはや時効の成立している案件じゃないか。むしろ、気持ち良く回想に浸れる女性がいるなんて羨ましい限りだ。私なんて、昔の男はすべて思い出すのも嫌だ。考えたくもない。向こうもそうかもしれないけど、とことん愛想が尽きて別れた人ばっかり。もし偶然どこかで出くわしたら、蹴っ飛ばしたいような奴もいるくらいだ。

それにしても我ながら大人になったというか、バアサンになったものだとしみじみ感じた。今は誰か他の女の人に嫉妬心を抱くことが一切なくなった。いくらもてない男だとしても、もし若い頃に夫が他の女性と不倫をしたら、そりゃあハラワタが煮えくり返っただろう。でも、今はラハイナなんかに行ってと怒る気持ちはサラサラおきない。これは怪しいけど、ふむふむと笑う余裕がある。なにしろ知り合う前のことだし。


この自分の性格の変化は、男性との関係性にあるのだろう。もはや肉体的な接触を伴わない男性としか付き合いがない。もちろん夫も含めてである。性的な対象が皆無の日々では、たとえ過去の出来事に対しても嫉妬の感情が湧かないものだと知った。

(後編に続く。連載一覧>>

工藤美代子(くどう・みよこ)
ノンフィクション作家。チェコのカレル大学を経てカナダのコロンビア・カレッジを卒業。1991年『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『快楽』『われ巣鴨に出頭せず――近衛文麿と天皇』『女性皇族の結婚とは何か』など多数。

この記事の掲載号

『家庭画報』2023年12月号

家庭画報 2023年12月号

イラスト/大嶋さち子

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