潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。
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最終回 それぞれの女性たちの嫉妬について(後編)
文/工藤美代子
だが、すべての高齢女性が嫉妬をしないかというと、そう簡単ではない。以前、この連載に登場してくれたミエさんは80歳を過ぎていたが、同年代の恋人に妻がいることが判明すると猛烈に怒った。相手の男性に妻と自分とどちらを選ぶかを迫ったのである。しかし、彼の妻は老人ホームに一人でいて、足も不自由だから車椅子生活である。もう金婚式もとっくに過ぎているような妻に、離婚なんて切り出せないのは当然だろう。
ところが、ミエさんは納得しなかった。すでに書いたと思うが、ミエさんは区役所で婚姻届を貰って来て、渋る恋人に強引に署名させたのである。なんという無茶振りかと驚いたが、いずれ彼の妻が亡くなった時に、その婚姻届を用意しておけば、すぐに区役所に提出できるのだとミエさんは得意そうだった。
そんな激しい嫉妬心が、まだ彼女の体内でとぐろを巻いている事実が、私の目には不気味に映った。もう人生の最終ラウンドを走っているのだから、そろそろ年齢相応に穏やかな恋愛をしたらどうだろう。ミエさんを見ていると、まるでボクシングの試合でもやっているように攻撃的じゃないかと、うそ寒い思いに襲われたものだ。
しかし、この3カ月くらいで、ミエさんの嫉妬心はさらに暴走を始めたらしい。電話で聞いただけなので、詳細は不明なのだが、なんと、彼女は恋人に、妻宛ての手紙を書くように求めたという。どんな手紙かというと、自分はミエさんという女性と巡り会って初めてセックスの喜びを知った。あなたとの生活ではけして得られなかった幸せだ。あなたは半身不随な上に自分より3歳年上の86歳だから、離婚するのは我慢するが、愛する人がいることは知らせておきたいという内容だという。