〔特集〕55周年を迎えた“ねむの木学園” 宮城まり子が築いた心の学校 2020年3月21日、ご自身の誕生日に逝去された宮城まり子さん。障害を持つ子どもたちと寝食をともにし、情熱を注いだ「ねむの木学園」は“宮城さんのすべて”でした。そのスピリットが受け継がれている“心の学校”の今をお届けします。
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集中することで広がった世界はお母さんからの贈り物
過去のカレンダーに掲載された「山帽子の花」を描いている“やまむらあい”さんに話しかけている宮城まり子さん。やまむらさんの作品には、季節の花を優しい色合いで繊細に描いたものが多い。
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前回に引き続き、“ほんめとしみつ”さんと“ほんめつとむ”さんにお話を伺います。)
宮城まり子さんが41歳で立ち上げ、育んでいた“心の学校”で、2人はどんな学びを得ることができたのでしょうか。
「僕たちの小さい頃は一つの授業が40分だったんですが、話を聞くことができない子が多くて飽きてしまったり、外を見たりする状態が続いていました。困っていた先生が相談したのがきっかけで、あるとき、まり子お母さんが“国語の時間は、私がやる”と言いました。そして1時間ずっと座っていることができるように、そして人の話を聞くというところから始まりました。
僕は小学校1年生から3年間、まり子お母さんの話を聞いて、聞いたことについてどう思うかを文章にすることを続けました。集中して話を聞いて文を書けるようになったのは、僕にとってすごい宝物だと思います。お母さんは勉強が僕たちの中に入っていないことに気づいたときには、それぞれの個性に合った勉強をしたほうがいいと考えてくれました。それで絵を描いたり、歌を歌ったり。自分でもいろんなことができるようになったのはお母さんのおかげです」
大きなキャンバスに3年もの年月をかけて描いた経験があるという“やましたゆみこ”さん。カラフルで細かい花と人を丁寧に描く集中力と根気強さがあり、新作にもその才能が発揮されている。
そう語るつとむさんは宮城さんをはじめ、いろんなモチーフを作品に描きました。一方、としみつさんは絵を描くことで味わった創作の苦しみについても語ってくれました。