クラシックソムリエが語る「名曲物語365」 難しいイメージのあるクラシック音楽も、作品に秘められた思いやエピソードを知ればぐっと身近な存在に。人生を豊かに彩る音楽の世界を、クラシックソムリエの田中 泰さんが案内します。記事の最後では楽曲を試聴することができます。
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第153回 シューベルト 歌曲『魔王』
イラスト/なめきみほ
18歳のシューベルトが書いたゲーテへの挑戦状
今日1月31日は、シューベルト(1797~1828)の誕生日です。
シューベルトは、31年の短い生涯の中で600曲以上の歌曲を残した“歌曲王”です。その彼の代表作として知られる歌曲『魔王』は、敬愛する同時代の文豪ゲーテ(1749~1832)の同名の詩に触発された18歳のシューベルトによる力作です。
親子を乗せて疾走する馬をイメージしたピアノの3連符と、怯える子どもを守ろうとする父親の姿。そしてその背後に迫りくる魔王の様子を描いたこの作品は、文学と音楽の見事なコラボレーションといえそうです。
しかし発表当時の評価は賛否両論。自信作としてゲーテのもとに届けられた楽譜は、ゲーテの音楽顧問であったツェルターに軽くあしらわれ、ゲーテ本人もこの音楽を気に入らずにシューベルトを無視します。この事実は、ドイツ屈指の叡智ゲーテにとっての一生の不覚といえそうです。
一方、モーツァルト唯一のゲーテ関連作品である歌曲『すみれ』について、モーツァルトはゲーテの詩であることを知らずに作曲したのも笑えます。いやはや、思いが伝わりにくい時代だったのでしょうね。
田中 泰/Yasushi Tanaka
一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事。ラジオや飛行機の機内チャンネルのほか、さまざまなメディアでの執筆や講演を通してクラシック音楽の魅力を発信している。