〔特集〕開運招福社寺と伝説を巡る 龍神絶景を行く 開運・招福につながる、龍ゆかりの寺社や聖地巡りが今ブームです。中国由来の霊獣、“龍”とは、日本人にとって、一体何なのか。龍神パワーが獲得できる“龍脈”や“龍穴”はどこにあるのか。そもそも日本の龍神信仰とは何なのか。2024年の干支、辰(龍)にゆかりの聖地を訪ね、謎多き日本の“龍文化”の実像とその不思議を紐解き、併せて2024年の開運を祈願します。
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戸隠──龍神信仰の中心地へ(後編)
全国に数多い龍神伝説を持つ社寺の中でも、最も強く、重要な龍神の一つである九頭龍大神を祀る戸隠神社。神話学者の平藤喜久子教授とともに、その神秘なる地へ旅に出かけました。
神話からみる日本人と龍
雄大な戸隠連峰を映し出す鏡池
奥社参道の手前、森林植物園近くに位置する絶景スポット。太陽の動きとともに風景の色が刻々と変化する。戸隠連峰が一望でき、深呼吸をすると大地のエネルギーが得られそうだ。
文=平藤喜久子龍というと、どのような姿を思い浮かべますか? 蛇に似た長い胴体。頭には鹿のような角が二本。口元からは長いひげ。四本の足には鋭い爪のある五本の指があり、宝珠を握っています。鱗が八一枚あり、なかでもあごの下に逆さに生えた鱗を触ってしまうと、怒ってその人を殺すとか。「逆鱗に触れる」という言葉の由来です。
龍は麒麟などと同じように、中国から伝わった想像上の生き物です。実在しない、見た人もいない生き物でこれほどわたしたち日本人を魅了し続けてきた存在はないでしょう。社寺を訪れれば、建築彫刻のなかに数々の見事な龍を見つけることができますし、絵の下で手を打つと独特の反響音がする「鳴き龍」は全国に三十余りもあるそうです。雲が龍の形に見えると縁起がいいとか、洞窟の入り口が昇り龍の姿に見えたらいいことがあるとか。わたしたちは様々なところに龍を造り、描き、見いだし、願いを託してきました。
蛇に似た胴体を持つことからも、とりわけ水神として信仰されてきた龍。水源を守り、空から雨を降らす。雷を落とす役割もあります。龍の姿は弥生時代から古墳時代の遺跡から出土する鏡にも描かれているので、遅くとも三世紀頃には日本に伝わっていたと考えられます。それは日本で農耕がはじまった時期でもあります。水神である龍は、わたしたち日本人が生きていくために必要な作物の実りをもたらすものとして篤い信仰を捧げられてきたのです。
ところで、みなさんが思い描く龍はオス(男)でしょうかメス(女)でしょうか?
長いひげや大きな角は、オスを思わせますから、おそらく多くの方は龍をなんとなくオスのイメージでとらえていると思います。意外なことに、日本でもっとも古い龍についての伝承は、女神の神話として語られています。
720年に成立した歴史書『日本書紀』に、山幸彦(ヒコホホデミ)という神が海神の娘のトヨタマビメと結ばれる話があります。地上に戻った山幸彦のもとに、あるときトヨタマビメが海からやってきて、出産することになりました。すると女神は「出産のときに私を見ないでください」と頼みます。不思議に思った山幸彦がのぞき見すると、そこには「龍」になったトヨタマビメの姿がありました。トヨタマビメは姿を見られたことを知り、生まれたばかりの子を置いて海のなかへと帰ってしまいました。この生まれたばかりの子から初代の神武天皇へとつながっていきます。天皇家の由来を語る神話でもありますが、日本の神々の世界にも龍が存在していることは、あまり知られていません。しかも、その龍は女神なのです。
水は命の源といいます。地球上の生物は海のなかで誕生したからです。水はわたしたちに限りない恵みを与えてきました。神話をひもといてみると、水神である龍に、命、恵みをもたらす母の姿を重ねた日本人の思いがみえてきます。
●平藤喜久子さん(ひらふじ・きくこ)神話学者。國學院大學神道文化学部教授。神話が日本でどのように読まれ、伝えられ、表現されてきたかを研究している。最近は、カメラを片手に神話の舞台を歩く「神話のフィールドワーク」を行っている。
(次回へ続く。
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