世界で活躍する選手たちが日本のスポーツ界を牽引
松岡 スポーツ界で、日本の選手やチームが強くなっていることについては、どのように思われますか。
伊藤 海外に出ていった選手たちの存在が大きいですよね。大谷翔平選手などメジャーリーグでプレーする選手たちが中心となってWBCで優勝しましたし、サッカーも男女ともに強豪国のチームで活躍している選手たちが日本代表を牽引しています。
松岡 テニスの錦織 圭選手、バレーボールの石川祐希選手も、そういう存在ですね。彼らに話を聞くと、共通していうのは、海外に出てから、自分の意見をいう力、表現力が鍛えられて、自信がついたということです。
もう一つの共通点は、「日本人だってできる」と信じて体現しているところ。彼らが世界で輝いているから、次の世代も、「世界のトップレベルで戦える」と思えるのでしょうね。
森林 ロールモデルがいるというのは、大事なことかもしれませんね。
これからも大事にしたい、カメのスピリット
伊藤 ところで、イソップ童話の『ウサギとカメ』の教訓が、国によって違うのをご存じですか? 我々はカメのように着実に進んでいけば最後には勝てると学びますが、アメリカでは「このウサギのように怠けると、負けるはずのないカメに負けてしまうぞ」と教わるそうです。
松岡 視点が逆なんですね。
日本人はイソップ童話のカメ。ゴールへ向かって一歩一歩着実に歩んでいけるのは大きな長所です(伊藤さん)。すれ違う学生たちに気さくに声をかけていた伊藤塾長は189センチの長身。大学時代はテニス部に所属し、インカレでベスト32まで進んだスポーツマンだ。
伊藤 そうなんです。最近は日本でも速く走るウサギをよしとするような風潮がありますが、私はやはりカメに美学を見るのが日本人だと思っています。日本人が大谷選手を熱烈に応援するのも、大好きな野球にストイックに取り組み、一つ一つ積み重ねていった結果、今の位置にいるというのが、理由の一つではないでしょうか。
日本のスポーツ界が大事にしてきた、基礎を身につけるための反復練習といったものは、今後も続けていったほうがいいように思います。
松岡 養老孟司先生も、日本人はもともと同じことを繰り返して修練を積む能力が高いとおっしゃっていました。近頃それが失われつつあることを危惧しているとも。
伊藤 私もそれは感じていて、もう一度カメのよさを見直そうといいたいです。日本人の大きな長所ですから。
松岡 僕の解釈では、あのカメはゴールだけを見て進んでいる。ウサギのことは見ていないと思うんです。
伊藤 私もそう思います。好きなことに没頭して、一歩一歩進んでいる。野球部の見事なプレーの数々も、毎日の鍛錬あってのものですよね。
森林 練習は地道にコツコツやっています。試合のときの笑顔は、「やってきたことを出すだけ」という開き直りの表情ともいえるんですね。僕はいつも、「試合は試験ではなくて、答え合わせだから」と話しています。
松岡 その言葉、心に響きます。
伊藤 答え合わせだなんて、小学校の先生をされている森林さんだからこその表現ですね。非常にわかりやすい。
松岡 最後に、新年の抱負をお聞かせいただけますか。
森林 抱負は「世のため人のため」です。目の前のチームだけではなく、その先に広がる世の中のためになることも意識して、日々教壇とグラウンドに立ちたいと思います。
伊藤 これからの社会を生きていく子ども世代、孫世代によい日本を残せるよう、そして、その日本が世界の発展に貢献できるようなシステムをつくるべく努力していきたいです。世界中の人が平和のなかで、自分の存在意義を感じながら、豊かに生活できるようになることが願いです。
松岡 お二人の志の高さに深い感銘を受けました。僕も学び続ける“シンキング・タートル”になります。本日はありがとうございました。
慶應義塾高等学校の正面玄関にて。「新しい年も、自分の頭で考え、自分を越えていきましょう!」。
スーツ、ベスト、シャツ、ネクタイ、チーフ、靴/コナカ
伊藤公平(いとう・こうへい)1965年神戸市生まれ。幼稚舎より慶應義塾で学び、1989年慶應義塾大学理工学部卒業。1994年カリフォルニア大学バークレー校博士号取得。理工学部長などを経て2021年より慶應義塾長(学校法人慶應義塾理事長兼慶應義塾大学長)。
森林貴彦(もりばやし・たかひこ)1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、NTT勤務を経て、筑波大学大学院でコーチングを学ぶ。慶應義塾高等学校野球部のコーチ、助監督を経て2015年より監督。過去4回甲子園出場に導く。著書『Thinking Baseball ──慶應義塾高等学校が目指す“野球を通じて引き出す価値”』も好評。
松岡修造(まつおか・しゅうぞう)1967年東京都生まれ。高校2年でテニスの強豪校へ移るまで慶應義塾で学ぶ。1986年にアメリカでプロテニス選手になり、世界で活躍。現在は日本テニス協会理事兼強化育成本部副本部長としてジュニア選手の育成に尽力。