「イギリスの減塩作戦」に学ぶ “隠れた塩”を減らすには社会全体の取り組みが必要
東京大学名誉教授
佐々木 敏先生ささき・さとし 京都大学工学部、大阪大学医学部卒業。大阪大学大学院、ルーベン大学大学院博士課程修了。医師、医学博士。栄養疫学の第一人者。科学的根拠に基づく栄養学(EBN)をいち早く提唱し「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)の策定では中心的役割を担う。著書に『佐々木敏の栄養データはこう読む!』『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』(ともに女子栄養大学出版部刊)。
食品に含まれている塩も体の中に入れば血圧を上げる
塩には“味わう塩”と“隠れた塩”があることをご存じでしょうか。「隠れた塩とは、食品の中に含まれている塩のことをいいます。食べたときに塩味を感じなくても体の中に入ってしまえば血圧を上げます」と佐々木 敏先生は指摘します。
例えば、パンの生地を作るときに食塩を加えるので、6枚切りの食パン1枚の中には0・8グラムの食塩が含まれています。味わう塩に気をつけるだけでなく、知らず知らずのうちに食べている隠れた塩の摂取量も減らしていかなければ減塩は成功しません。
隠れた塩が含まれる食品には、食パンのほか漬物、チーズ、ハム、ソーセージ、魚介練り製品などがあります。お寿司やキムチ、スイーツなど、塩味以外の味覚を楽しむ食品にもかなり隠れています。
例えばアップルパイでは1切れに1・3グラムの食塩が含まれ、食パンより多いのです。食品を購入する際は栄養成分表示の「食塩相当量」を確認しましょう。
一方、隠れた塩の摂取量を減らすのは、個人や家庭の努力だけでは限界があります。「日本人の食塩摂取源を調べると、漬物から摂るのと同量の食塩をパンからすでに摂取しています。また、チーズやハム、ソーセージも日常的に食べられています。
つまり、食品に含まれる食塩そのものの量を少なくすることが肝心です。それには食品業界をはじめ社会全体での取り組みが必要なのです」と佐々木先生は示唆します。
社会レベルの減塩は不可能なことのように思えますが、じつは成功させた国があります。それがイギリスです。科学者を中心とした非営利組織が計画した減塩作戦に大手パンメーカーが賛同し、10年かけてイギリス人の主な食塩摂取源である食パンの食塩濃度を約20パーセント下げたのです。
その結果、イギリス人成人の食塩摂取量は1日あたり約15パーセントも減少しました。「社会レベルの減塩で大切なのは、特別な食べ物ではなく毎日何気なく、結果として大量に食べている食品を対象にすることです」。
さらに、この減塩作戦によりイギリス人の血圧は下がり、心筋梗塞と脳卒中の死亡率がともに40パーセントも減少したのです。「国民に努力を求めることなく隠れた塩を減らし、最終ゴールである健康目標を達成したイギリスに“大人の国”の対応を見た思いです。日本もイギリスの後に続きたいものです」。
今月の「食行動」に生かせる注目データ
社会が変わることで“隠れた塩”を減らし、国民が健康に!イギリスの減塩作戦の結果
『佐々木 敏のデータ栄養学のすすめ』佐々木 敏 著(女子栄養大学出版部刊)P.191を参考に作成
●イギリスの減塩の成果と健康効果
減塩の成果・10年間で食パンの食塩濃度は約20パーセント低下。
・イギリス人成人の食塩摂取量は1日あたり約15パーセント減少。
健康効果・2003年からの9年間で、イギリス人成人の最高血圧が3mm Hg(約2パーセント)低下。
・心筋梗塞と脳卒中の死亡率はともに40パーセント低下。
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