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『森と氷河と鯨』星野道夫の日誌から。「この連載はうまくゆきそうな気がする」

2024.03.15

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〔特集〕『森と氷河と鯨』のトレイルを辿って 星野道夫「時間」への旅 
アラスカを愛した写真家として知られる星野道夫さん。アラスカの大自然とそこに暮らす人々を優れた写真と文で伝え続けた。主なフィールドは北極圏。ツンドラの広がる大地を大きな群れで旅するカリブーの写真は、見る者に生命の意味を問いかけた。

その星野さんがもう一つ大きなテーマとして取り組んでいたのが南東アラスカだった。「森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて」は、リアルタイムに南東アラスカを旅した記録で、1995年に家庭画報本誌で連載が始まる。だが、翌1996年8月、取材先のロシアで熊に襲われるという事故で星野さんは急逝。連載は中断となる。

神話の時代に思いを馳せ、示唆に富んだ言葉の数々が鏤(ちりば)められた未完の連載をまとめた本は読み継がれ、今なお新たなファンを生み出している。


「森と氷河と鯨」の最終的なテーマは「時間」だと星野さんは考えていた。いったい物語はどこに着地しようとしていたのだろう。証言と記録資料で、星野さんが届けようとしたメッセージに迫ってみた。

特集「星野道夫『時間』への旅」の記事一覧>>>

星野道夫の日誌から

1995年6月17日〜22日:
ボブ・サムとクイーンシャーロット(現ハイダ・グワイ)への旅 
連載第2回、星野さんはボブ・サムと共にクイーンシャーロットを再訪する。旅の日誌から、ボブに惹かれて行く様子と連載に対する熱い思いが滲む。


6月17日〜18日の日記はこちら>>
6月19日〜20日の日記はこちら>>

Bobがワタリガラスの神話を求めての主人公である。自分自身が本当にBobを通して知らない世界を旅しているようだ。

6月21日 cloudy(曇り), fog(霧), rain(雨)
本当に天気に恵まれた(こんな言い方はおかしいが)。午前中もう一度Ninstin(ニンスティン)の撮影。4×5、black & white(ブラック&ホワイト/編註・大判カメラによるモノクロ撮影のこと)でもう一度戻って来たい。

Bobは昨夜1:00am頃までstory(物語), song(歌)でwatchmen(ウォッチメン)と過ごしたらしい。良かった、良かった。

float house(フロートハウス)に夕方着く。今晩はここに泊まる。

hot spring(温泉)に行く。懐かしい。Bobがここで何と歌をうたう。自分でドラムをたたきながら......何とspiritual(スピリチュアル)な男なのだろう。歌う前のBobの顔、仕草、空気を見ていると、Bobはこの大地、自然と本当に言葉を交わしていた。

初めて来た場所では歌うものだ。

I like here,(この土地が好きだ) I like part of it,(この自然が好きだ) I am harmless.(私は何も害を与えない) 何と力強い歌なのだ。

夜Bobはeagle feather(鷲の羽根)をまとめている。本当に大切そうに。そして貝のふた。突然袋の中から小さな何かを取りだす。

my girl friend(私のガールフレンド)......えっ......my oldgirl friend(私の昔のガールフレンド)......それは10センチほどの小さな小さな人形。Bobはそれをold villagesite(村落跡)で見つけたとのこと。遠くで(5〜10メートル先)土の中からBobを見ていた。Bobが見つけたのではなく人形が見つけた。少なくとも200年前のもの。この男の深さ、intelligence(インテリジェンス)に圧倒される。

Bobがワタリガラスの神話を求めての主人公である。自分自身が本当にBobを通して知らない世界を旅しているようだ。Bobはクイーンシャーロットの風景を見て子どもの頃を思い出すと言った。

6月22日 cloudy & fair(曇りと晴れ)
Tanu(タヌ)に行く。以前クイーンシャーロットに来た時ここを見逃していたなんて信じられない。たくさんの(20〜30)old housing(古い住居)の跡、Ninstin(ニンスティン)より強い印象を受ける。遠い昔、ここで人が暮らしていたことをはっきりと想像出来る。

ことにhousing(住居)の後ろに広がる森の中にopening space(開けた場所)があると。かつてここでHaida(ハイダ族)の子供たちが遊んでいたのだろうと思う。Bobの人形を撮る。この写真がいつか本を作る時にとても大きな力をもつような予感がする。

この旅はBobにとって大きな旅だったはずだ。クイーンシャーロットが力をもっているという。たくさんの動物、クマ、鹿......何か恐ろしいほどだという。

Bobとクイーンシャーロットで突然別れることになった、ぼくが直接ここからバンクーバーに飛ぶことになったからだ。 別れ際、Bobは I enjoy every moment(何もかも楽しかったよ)と言った。

クイーンシャーロットからの帰り。もうすぐFairbanks(フェアバンクス)に着く。Bobに出会えて本当に良かった、ぼくたちの上をワタリガラスが見下ろしながら飛んでいるような気がする。この旅で Bobという人間が少しわかってきた。考えていた以上に大きな人物だ。

ワタリガラスに関する文献をできるだけ集めよう。

この連載はうまくゆきそうな気がする。

当初から計画されていたジュノー大氷原の撮影にボブと共に行く。

シトカの墓地とボブ・サム。現在はクリンギット族のリーダーであり、神話のストーリーテラー。アメリカ各地の大学で講演している。

(次回へ続く。この特集の一覧>>

写真展 星野道夫
「悠久の時を旅する」

期間:2024年4月20日~6月30日
場所:北海道立帯広美術館
開館:9時30分~17時(入場は16時30分まで)
観覧料:一般1200円
資料を含めた集大成的な写真展。星野直子さんの講演なども予定。
詳細は美術館のウェブサイトにて。

星野道夫(ほしの・みちお)
写真家。1952年千葉県生まれ。慶應義塾大学卒業後、動物写真家・田中光常氏の助手を経てアラスカ大学野生動物管理学部に4年間在学。写真家としての活動に入り、主に北極圏をフィールドとして、写真集、エッセイ集など数々の著作を発表。1990年、第15回木村伊兵衛写真賞受賞。1996年、取材先のカムチャツカ半島クリル湖畔で熊に襲われ急逝。享年43歳。

この記事の掲載号

『家庭画報』2024年03月号

家庭画報 2024年03月号

写真/星野道夫 資料写真/本誌・大見謝星斗 構成・文/三宅 暁〈編輯舎〉 編集協力/星野道夫事務所

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