創業1772年、岩手県でもっとも歴史ある酒蔵「菊の司酒造」が、2022年に盛岡市から雫石町へと移転。最新設備の工場とともに再スタートを切りました。南部杜氏による伝統の酒造りを受け継ぎながら、日本酒の新たな可能性へと挑む酒蔵の“今”を取材しました。
250周年の節目に迎えた大変革
新たな工場にはショップも併設。イベントスペースも設け、訪れた人とのコミュニケーションの場に。
城下町の趣を残す盛岡市紺屋町で、中津川の伏流水を使って酒造りを行ってきた「菊の司酒造」。施設の老朽化をきっかけに、雄大な自然に囲まれた雫石町への移転を行ったのは、創業から250年の節目の年でした。新工場が建設されたのは、かつて小学校があったという広々とした土地。岩手山から流れ出る清らかな伏流水に恵まれた場所で再出発を果たします。
岩手から全国、そして世界へ。飛躍する老舗酒蔵
菊の司酒造のフラッグシップシリーズ「七福神」。虹色のラベルは、雫石町産の「ふくひびき」で造られた「純米酒 七福神 ふくひびき」1800ml 2900円、720ml 1350円。
移転以前は県内消費が80%ほどを占めていた菊の司酒造の日本酒。移転後の1年間は、これまで地元で愛されてきた味わいを保つことに注力しました。実際、設備が充実したことにより味わいは向上。また温度の異なる2つの冷蔵倉庫によって、いつでも新鮮な日本酒を出荷できるようになりました。
現在では、フラッグシップの「七福神」シリーズを中心に、ラインナップをより充実化。県外にも積極的に出荷するとともに、アジア圏を中心に10か国へも輸出しています。さらには低温での輸送が必要な「生酒」のおいしさを海外に届けるため、日本酒の冷凍輸送に取り組むなど、日本酒の魅力の発信にも力を入れています。
これまで岩手県以外では“知る人ぞ知る”存在だった菊の司酒造は今、さらなる飛躍の可能性を秘めた注目の酒蔵なのです。
生酒の感動を味わう「innocent」
〈左から〉「innocent 60」720ml 1870円、「innocent 50」720ml 2420円、「innocent 40」720ml 3300円。ラベルのないプリント瓶のため、アイスバスケットに入れて冷やすのにも好適。数字は精米歩合を表しています。
そんな新生・菊の司酒造を象徴する銘柄が「innocent(イノセント)」です。「innocent」は、通常蔵人しか味わうことのできない、搾りたて生酒の芳醇な香りと爽やかな味わいを届けたいという思いから生まれた“無濾過生原酒”。岩手県産の酒米と、独自にブレンドした酵母を生かし、搾った酒に手を加えない、正真正銘ありのままの味わいは、まさに酒蔵の集大成です。
口にした瞬間に感じられるフレッシュさと淡い発泡感は、火入れ(低温殺菌)を施さない生酒ゆえ。エレガントな香りと甘味が一体となって広がり、濃厚でありながらもすっきりとした飲み口に仕上がっています。
最新設備と南部杜氏の技の融合
酵母と水、麹、蒸した米を混ぜ合わせて発酵させる「醪(もろみ)」の工程。低温で30日間ほどをかけ、じっくりと発酵させることで、味わい深く香り高い日本酒を造っています。
「innocent」を筆頭に、洗練された味わいの日本酒を生み出しているのは、最新設備と南部杜氏の技を融合した工場です。設計にあたっては、酒の品質に直結する「温度」と「衛生環境」の管理に特にこだわったといいます。
杜氏をはじめ、従業員の意見を取り入れながら作られたこの工場では、最新機器の導入とともに、酒造りの工程における導線を工夫することで、効率的に作業を行えるようにしています。これにより不要な手間が減り、作業のスピードが格段に向上。造り手の負担を減らしながら、温度変化や酸化による酒の劣化を最小限に抑え、安定した高品質を実現しています。
味わいを決める杜氏の感覚や手仕事を生かし、品質が落ちる原因を徹底的に取り除く──人と機械、それぞれの持ち味が合わさった醸造設備こそ、菊の司酒造の最大の強みです。
菊の司酒造の日本酒を堪能するペアリングコース
前菜の「雲丹のバヴァロワ」は、海鮮との相性も抜群な「innocent 40」とともに。
この春から、菊の司酒造の日本酒を堪能できる特別なコースが、盛岡市のレストラン「炭火焼ステーキ 天元」に登場しました。フレンチレストランで経験を積んだシェフが手がける8品のコースは、デザートを含む料理すべてに日本酒のペアリングがつくというユニークなもの。同じ蔵の日本酒でも、米や酵母、造り方、温度の違いによって全く異なる味わいになることを実感できます。
「雫石牛A5ヒレグリル 和風おろし出汁」に合わせたのは「純米大吟醸 菊の司結の香仕込み」。岩手県で開発された酒米「結の香」を使用した大吟醸は、華やかかつ澄んだ飲み口で、肉と出汁の旨みにマッチ。
新たな工場に生まれ変わり、よりおいしい日本酒をより多くの人へ届けるべく挑戦を続ける菊の司酒造。日本の酒が世界的にも注目を集める今、こだわり抜かれた“本物”こそがさまざまな境界線を越えて感動を生むに違いありません。
岩手県最古にして、日本で最も新しい酒蔵。そこには日本酒という伝統文化のひとつの到達点がありました。
菊の司酒造岩手県岩手郡雫石町長山狼沢11-1
電話:019-693-3330
https://www.kikunotsukasa.jp/炭火焼ステーキ 天元岩手県盛岡市大通1丁目9-10レインボービル3階
営業時間:
火曜・土曜17時~23時(料理20時LO、ドリンク22時LO)
水曜~金曜10時~23時(料理20時LO、ドリンク22時LO)
定休日:月曜、日曜
電話:019-625-2911
日本酒ペアリングコース1名2万3000円(3営業日前までに要予約、予約は2名~)
※仕入れ状況により料理内容変更の場合あり。
http://www.sumibiyaki-tengen.com/