〔特集〕私の最高レストラン 人生の節目で食した忘れられないあの味、大切な人と過ごしたあの名店でのひととき。今回、さまざまな分野で活躍される方々に「あなたの“最高”のレストランは?」という質問をしました。それぞれの「食」にまつわる思い出を辿っていくうちに見えてきたのは、かけがえのない「人生の物語」でした。
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三國清三さん (「オテル・ドゥ・ミクニ」オーナーシェフ)
「毎月通う寿司幸さんで飲むのはボルドーの赤のみ。年間300本空けてきました」
三國清三さん(みくに・きよみ)1954年北海道増毛町生まれ。帝国ホテルなどを経て駐スイス日本大使館料理長に。3つ星レストラン等で修業後帰国、1985年「オテル・ドゥ・ミクニ」(東京・四谷)開店。2022年に閉店し、2025年に新店舗「ミクニ」をオープン予定。仏レジオン・ドヌール勲章受章。
銀座 寿司幸本店(東京・銀座)
世界を舞台に活躍し、近年は食育活動やYouTubeの発信でもフランス料理の魅力を伝え続けるカリスマシェフ、三國清三さん。仕事を終えた夜、すし店の暖簾をくぐるのが日課の一つといいます。
焼き鳥やパスタの店もルーティンに入っているものの、刺し身を昼のまかないの定番にしていたほどの魚好き。独立してから約30年間通い詰める「銀座 寿司幸本店」は、なかでも三國さんが心置きなく魚介を堪能できる店。店主・杉山衛さんとの料理問答、ワイン問答が心を躍らせるようです。
初夏のつまみは手前から、あなご白焼き、ひらめのえんがわ煮つけ、しまあじの刺し身。三國さんの好物である肝もよく使う。
握りのネタは王道からモダンまで幅広い。左より、ばふんうに、こはだ、大とろ、大とろあぶり。店主・杉山さんも大のワイン好き(ただしブルゴーニュ派)で、赤ワインを使ったまぐろの漬けも名物握りの一つ。
杉山さんは創業140年近い老舗すし店の4代目ですが、業界きってのワイン通で、フランス料理にも精通。「すし店でワインを供し始めた先駆者で、フレンチの食べ歩きの回数も半端ではない。何より僕の料理の真の理解者。そして魚の知識、処理法、調理法にも、なるほどなあと学ばせてもらうことが多いですから」と三國さんは熱い眼差しを向けます。
最初からボルドーの赤ワインで通すのが三國さん流。店にはケースごと30本単位でボトルを預けている。一貫いただくごとに、豪快に赤ワインをぐびりと。
いただくものはすべて杉山さんにおまかせ。ボルドーの赤ワインしか飲まないという三國さんに合わせた、旬の魚介料理が至福の時をもたらします。「以前はここで年間300本のワインを空けていたけれど、最近は100本くらいかな」
銀座 寿司幸本店住所:東京都中央区銀座6-3-8
TEL:03(3571)1968
営業時間:12時~14時、17時~22時
定休日:不定休
料金:昼2万5000円~、夜3万5000円~
「体と舌で覚えた“思い出の味”は僕の大切な財産です」──三國清三さん
好奇心旺盛で健啖家(けんたんか)の三國さん。豪快な食べっぷりはYouTubeでもおなじみで、どんな料理にも深い愛情を寄せているのがわかります。料理人を志すきっかけとなった住み込み先でのハンバーグ、「芳蘭」の札幌ラーメンなど、若き日の人生の節目で出会った料理は深く心に刻まれています。
一方、三國さんのフランス料理の基盤は20歳から10年近くに及んだスイス、フランスの3つ星店での修業で形作られたもの。天才の名をほしいままにしたフレディ・ジラルデ氏の「即興の料理」、食材との対話を第一にしたアラン・シャペル氏の「レシピを超えた料理」。厳しく教え込まれ、体と舌で覚えた“思い出の味”が財産といいます。
70歳を機に、三國さんはレストランを全面改築。2025年からは8席のカウンターでその日の食材と向き合い、気持ちの赴くままに料理を作る新たなステージに挑みます。それは独立以来、敬慕の念で見つめ続けてきた偉大な先輩、「コート・ドール」の斉須政雄さんの歩みに重なるもの。そして、三國さん自身が独立当初に描いていた、理想の料理人人生でもあるのです。
【三國清三シェフ、思い出に残る味】
芳蘭
「帝国ホテルでの修業時代に通った、故郷の味です」 「味噌バターらーめん」(1300円)
三國さんが18歳から50年間通い続ける札幌ラーメンの店「芳蘭」。上京後に勤めた帝国ホテルの近くにあり、ホテル出入りの氷彫刻家に連れられて来たのが最初。皿洗いや鍋磨きに明け暮れた駆け出しの日々、故郷の味は心に沁みたよう。「時間が止まったかのようなレトロな佇まいと道産子がほっとできるラーメンの味。若き日の熱い心を思い出すんです」。日比谷界隈に来れば必ず寄り、注文するのはいつも変わらず「味噌バターらーめん」。
住所:東京都千代田区有楽町1-2-9 TS日比谷ビル地下1階
TEL:03(3580)8868
営業時間:11時~翌2時、土曜~翌1時、祝日~24時
定休日:日曜
コート・ドール
「僕が尊敬してやまない、斉須政雄シェフの店です」 「国産牛テールの煮込み赤ワインソース」(7700円)写真/阿部 浩
三國さんの店と同時期にオープンしたフランス料理店「コート・ドール」。オーナーシェフの斉須政雄さんは三國さんよりも少し年長で、12年間の滞仏中にはフランス人と共同で営むレストランにミシュラン2つ星をもたらしました。「各国での料理フェアやプロデュース業にも忙しかった僕とは対照的に、この店一軒に集中し、ひたすらに料理道を究めてこられた人です」と三國さん。
「赤ピーマンのムース」(4620円)写真/佐伯義勝
斉須さんのスペシャリテは多く、「赤ピーマンのムース」と「国産牛テールの煮込み赤ワインソース」はその筆頭。洗練、簡潔、深い味わいが織りなす料理は40年を経ても色褪せることなく、ゲストの舌と心をとらえて離しません。
「コート・ドール」の調理場に立ち続けてきた斉須さん。実直な人柄と真摯な姿勢に師と仰ぐ人は多い。写真/阿部 浩
斉須さんの料理と、料理人としての立ち位置は、三國さんにとって「憧れと尊敬の一言に尽きます」。
住所:東京都港区三田5-2-18 三田ハウス1階
TEL:03(3455)5145
営業時間:12時~14時、18時~19時30分(ともにLO)
定休日:月曜・火曜
料金:昼7700円~、夜1万9800円~
(次回に続く。
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