エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2024年6月号に掲載された第35回、大原千鶴さんによるエッセイをお楽しみください。
vol. 35 御利益とともに文・大原千鶴
「和菓子」と聞いて皆さんがイメージなさるお菓子はどんなお菓子なのだろう。仕事で色々な地方に行くと、その場所ならではの郷土菓子があり、とても興味深い。時にびっくりするほど甘かったり、嚙めないくらい硬かったりするものもあるのだが、食べ進めてみると「あれっ? でもなんか美味しいぞ」と長年愛されてきた理由がわかる気がするから面白い。ずっと残るものはやはりその場所に合った味わい深いものが多いのだ。
京都の和菓子というとお茶席で出るような美しい上菓子を想像なさると思うのだが、そんなお菓子は手土産で他所に持っていくことがほとんどで、始末屋の京都人は自分のためにそんな上菓子は買わない。だからこそ、どなたかにいただくとものすごく嬉しい。「こんにちは~お邪魔します~」の声でお客様を玄関に出迎えた時、その方の手に収まっている上菓子の包装紙を見た途端に頰が緩む。それからはその包装紙に視線が釘付け。会話もそぞろで渡されるタイミングをソワソワと待つのだ。そして「センスあるわぁ。ええ人やなぁ」と思う。そんなに喜ぶなら自分で買えばいいのに買わない(笑)。本当によく言えば慎ましく、平たく言えばケチなのだ。私だけかも知れないが……。
では普段いただく和菓子はというと、お餅屋さんがやっているような気楽なお菓子のことが多い。もなかとか団子とか豆餅とか。そして年中何かしらの縁起物のお菓子が出回っている。京都人はお菓子と一緒に御利益もいただく。今の時期で言えば「水無月」。皆様ご周知の通り、夏の暑い時期に京都の北西部にある氷室から宮中に納められた氷を模して作られたお菓子だ。ういろう地の上にあずきがのっているのは豆=魔滅「魔を滅する」という御利益。盆地の京都の夏は蒸し暑い。クーラーも冷蔵庫もなかった頃は夏を越すことが本当に大変だったと思う。だからこそ、見た目で涼をとれる和菓子が今よりずっと大切な暮らしの楽しみであったのだろうなと思う。
大原千鶴京都・花脊(はなせ)に生まれる。自然に親しみ、生家の料理旅館を手伝いながら料理の心得を学ぶ。3人の子どもを育てながら料理研究家としての活動を始め、テレビ出演・著作・講演など広く活躍。第3回京都和食文化賞受賞。著書に『大原千鶴のいつくしみ料理帖』『大原千鶴の京都きもの暮らし』(ともに小社刊)、『大原千鶴のととのえレシピ』(高橋書店)、『大原千鶴のとびきりおいしい卵料理』(家の光協会)ほか。
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