お互いを幸せにする「ありがとう」の言葉
介護の日常を穏やかに過ごすための工夫はありますか。マドカさん 認知症が進むと記憶力が低下し、先のことを考えるのも難しくなりますが、今、目の前にある好きなものや起きている出来事は家族と共に楽しめるものです。たとえば部屋に季節の花を絶やさない、お気に入りの写真や絵を飾る──。眺めるだけで気持ちは安らぎ、会話の種にもなって和やかな時間を持てるのではないでしょうか。
前野先生 自然に接すると幸福度が高まるという研究もあります。室内に観葉植物がある、窓から木々が見える、公園を散歩するなど自然に触れる状況を作れるといいですね。最も避けたいのは孤立。同居だったら、家族が集まる部屋や動線の近くを居場所にして、わざわざ奥の部屋まで様子を見に行かなくても声をかけやすく、お互いに頼みごとをしやすく手伝いやすい日常を作る──。ちょっとした工夫で幸せな時間は増やせると思います。
マドカさん 話すことは脳への刺激にもなりますね。そのとき、できるだけポジティブな言葉を使うと、お互いの気持ちの負担が減って楽になるような気がします。
前野先生 それはとっても大事なこと。日本人は「すみません」という言葉をよく使いますが、ほとんどの場合「ありがとう」と言い換えられます。ある人は、母親に繰り返し「ありがとう」と言われたことを思い出して、「後悔も多い中で一つの救い。私からも母に“ありがとう”と言えばよかった」と話していました。でも大丈夫、「ありがとう」という言葉は発した人も幸せにします。そのお母さんはきっと、「ありがとう」と言える相手がいて、何度も言えただけで十分に幸せだったはずです。
マドカさん そういえば私の母の口癖も「ありがとう」。……いい言葉だなって、介護を経験してあらためて思います。