マリー・ローランサンとココ・シャネルのW主役の物語。桜沢エリカ先生の新連載マンガ「パリ 1921──蠍座の女と獅子座の女」
マリー・ローランサンとココ・シャネル、共に1883年生まれの才能豊かな2人が“アラフォー世代”にさしかかる1921年を舞台としたマンガ連載が、6月12日から家庭画報ドットコムでスタートします。芸術史に基づいた「アカデミック・エンターテインメント」を手がけてくださるのは、なんと桜沢エリカ先生! 第一話を描き上げたばかりの先生に、特別にお話を伺いました。
パリのサロンカルチャー隆盛期。同い年で輝いた2つの才能
──2人が同じ年に生まれて活躍していた史実にも驚かされますが、強い個性のぶつかりを予想させるタイトルにもそそられます。もともと2人のことはお好きだったのですか? 「ココ・シャネルのことは若い頃から大好きで、マンガに描きたい人物でした。マリー・ローランサンに対しては“たくさんの固定ファンを持つ、ほわ~っとした色調の画家ね”というイメージで、正直さほど興味はなかったんです。学生時代はダリのように個性の強い画家を格好よく思っていたので。最近あらためて美術館で絵を見て、彼女がどんな道を歩んできた人なのかを知っていくと“おや、だいぶ面白い人なんじゃない?”と興味が湧いてきました。
あの“ゆるふわ”な色調の裏に、強い意志を隠し持って生きてきた画家だと気がついて。独特の肌色の表現ひとつとっても、唯一無二の作風ですし、後世のフジタ(藤田嗣治)や夢二(竹下夢二)にも影響を与えていると思います」。
なぜ今、マリー・ローランサンなのか?
──日本人には昔からとても人気のある画家でしたが、その“人となり”が語られることはあまりなかったマリー・ローランサン。それが今、作品が世界中の美術館を回る予約でひっきりなしの画家の筆頭だと言われています。「最近さまざまなマリー・ローランサンの企画展が催されているのは、昨年生誕140年だったこともありますが、美術界でもポリティカル・コレクトネスの観点から、女流作家枠やLGBTQ枠を充たすために彼女の絵を含めた企画展を、という流れもあるようです。
マリー・ローランサンは、男性との一途な恋愛や結婚もしていますが、LGBTQを公言しています。公然としていたのに語られにくかった──だいぶ時代に先駆けていますよね。
それでいて、別れた男性も皆、マリーにはずっと協力を惜しまない関係だったとか。会った人を好きにさせる“稀代の人たらし”とも称されていたようです」。
──芸術家が集うサロン文化をはじめ、当時のパリは華やかでしたが、まだまだ男性社会。“自立した女性”のパイオニアとして頭角を現す2人に、才能のアピール術などの違いは感じますか?「ココ・シャネルには、あの革新的なファッションを自ら鎧のように纏い、知恵を絞って男社会の中を戦略的に生きている頭のよさを感じます。
一方、マリー・ローランサンは男社会の中で武装することなく、なんというか裸同然のまま、自由に名だたる人脈の中を泳ぎまくっていたイメージを受けます。忖度を知らない本能の人。当時の著名人の肖像画をたくさん頼まれて描いていますけれど、丁寧に描き込んでいるものから、あれ?という程シンプルなものまで、描く側の自由(笑)を感じます。
“絵の具がお金に変わるのよ”という言葉も残していて、お金は自分でなんとかできるという自負もあったのでしょう。“贅沢が好きだ”とも明言していて、パリで生まれたことを誇りにしている。そう、とてもパリ的な人ですね」。
──蠍座のマリーと獅子座のココ、ご自身はどちらに近いと思われますか?
「私は蟹座なので相性がよいのは蠍座だそうです。どちらをより好きか、というのとは別の話になりますが、心の内を理解しやすいのは蠍座、ということになるのでしょうね(笑)」。
ファッションに表れる、羽ばたく女性の自由度
──ストーリー展開もさることながら、彼女たちがどんなファッションを纏って登場するのかも、桜沢作品ファンとしては期待に胸が高鳴るところです。実在した天才男性バレエダンサー・ニジンスキーを題材になさった『バレエ・リュス』という以前の作品でも、ディテールに至るまで素敵なファッションを描いていらしたのが印象的でした。「『バレエ・リュス』は、今回の物語よりも10年ほど昔の時代のことなので、ドレスもふんわりしています。今作は1920年代を描くので、もう少し機能的で細みのシルエットにロングネックレスといったスタイルに移行する感じです。服飾史の資料もたくさん当たるのですが、そういうものは、たいてい式典や観劇などの盛装ばかり。“ハレの日”の服ではなく、日常のファッションこそ知りたくて、実に悩ましいです。
この連載が決まったことを告げた時、アシスタントたちは息をのんで、一瞬無言になりました(笑)。それからポツリとひと言『バレエ・リュスの時みたいに劇場や宮殿が出てきますか?』と。ファッションや部屋の設えなどを描くとき、ディテールだけでなく、私は全体のバランス──奥行きや高さを踏まえておきたいので、調べる彼女たちはかなり大変なんですね。『今回は私邸とかホテルリッツの中などが多いから、前より大変ではないはず』と言い聞かせていますが……。
でもね、マリー・ローランサンやココ・シャネルだけでなく、彼女たちに関わったコクトーなどの文化人すべての“身長やスリーサイズ”が知りたくて、誰か私の夢枕に立って教えてくれないかなぁと、願っています」。
ブラウス55万円 スカート49万5000円/ともにレオナール ピアス110万円 リング69万3000円/ともにポメラート(ポメラート クライアントサービス)
──史実を踏まえたアカデミックなテーマに挑んでいただくには、ご苦労も多いのですね。オランジュリー美術館に収蔵されているマリー・ローランサンが描いたココ・シャネルの肖像画にまつわるエピソードもお話に出てきますか? 「はい。そこはやっぱり描こうと思っています。“強い女”を前面に押し出して服を作っているココ・シャネルが、あの絵を許すわけにはいかない立場だったのは理解できます。でもどうして依頼しちゃったのかな?とも思うんです(笑)。賢いココ・シャネルでも、こうなることを予測できないほど、マリー・ローランサンには自由過ぎる面があったのか……。知れば知るほど興味をそそられます。
プロットを立てて、連載の序盤しかまだ描いていませんが──序盤の今がいちばん苦しかったりするのです──、回を重ねるごとに主人公が憑依して筆が進んでいくところもあるので、私自身もこの先どうなるのかを楽しみにしています」。
「パリ 1921──蠍座の女と獅子座の女」
桜沢エリカ「パリ 1921――蠍座の女と獅子座の女」
舞台は1900年代初頭、パリに生きた2人の女性。時にすれ違い、時に交差し、美と芸術とクリエーションを愛したマリー・ローランサンとココ・シャネル。懸命に恋をしながら、時代に先駆けて女性としての地位を確立、そしてプライドをもって、それぞれの道を歩んだ2人の女性の物語を、桜沢エリカさんがオリジナル描き下ろしでお届けします。
2024年6月12日(水)スタート。毎月第2・第4水曜日掲載予定。
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桜沢エリカ(さくらざわ・えりか)10代でデビューして以来、コミック誌やファッション誌など多方面で活躍。恋愛漫画の名手として広く知られる一方、『シッポがともだち』のようなエッセイマンガ、『贅沢なお産』をはじめとする出産育児にまつわる著作も大好評。歌舞伎とバレエ鑑賞をこよなく愛す。