サイレントキラーの病に備える 第7回(2)腹痛やおなかの膨らみといった自覚症状が出た頃には進行していることが多い卵巣がんは、サイレントキラーとして知られています。日本婦人科腫瘍学会の卵巣がんの治療ガイドライン改定小委員会委員長で岩手医科大学 産婦人科学講座 教授の馬場 長先生に卵巣がんの特徴について解説していただきます。
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“気づいたときには手遅れ”にならないように「卵巣がん」
[お話を伺った方]
岩手医科大学 産婦人科学講座 教授
馬場 長(ばば・つかさ)先生1998年京都大学医学部卒業後、米国デューク大学婦人科腫瘍学研究員、京都大学大学院医学研究科器官外科学婦人科学産科学准教授などを経て2018年から現職。専門は婦人科悪性腫瘍、腹腔鏡手術、ロボット手術。日本産科婦人科学会 産婦人科専門医・指導医、日本婦人科腫瘍学会 婦人科腫瘍専門医・指導医、日本産科婦人科内視鏡学会 技術認定医。
症状がなく、進行してから見つかることが多い卵巣がん。遺伝的素因がありそうな人、子宮内膜症経験者は要注意
卵巣がんの要因の一つは加齢で、その多くが閉経後に発症します。
また、排卵回数が多いほど発症すると考えられており、出産経験のない人、年齢的に月経が早く始まった人や閉経が遅かった人はリスクが高いとされています。
遺伝による影響もあります。「卵巣がんと診断された日本人女性のおおよそ7人に一人が遺伝性の卵巣がんと推計されています」と馬場先生(下コラム参照)。
遺伝的に卵巣がんになりやすい人の遺伝子検査
卵巣がんの一部には遺伝が関係しています。
よく知られているのが、「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」です。BRCA遺伝子の異常により卵巣がん、乳がん、前立腺がん、膵臓がんを発症しやすくなります。卵巣がんの発症率はBRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子の異常でそれぞれ44パーセント、17パーセントと報告されています。ほかに、がんを修復する遺伝子に異常があり、若くして大腸がんを発症する「リンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス性大腸がん)」では卵巣がんや子宮体がん、胃がんなども発症リスクが上がります。両親のいずれかに上記の遺伝子異常があると、子どもには性別にかかわらず50パーセントの確率で遺伝します。
このような遺伝子異常は、がん患者さんが治療選択に必要な遺伝子検査を受けた場合に明らかになります。この遺伝子検査の前後には遺伝性腫瘍専門医や遺伝カウンセラーによる遺伝カウンセリングが行われ、遺伝子検査の結果が血縁者にも関係することが説明されます。
もし、血縁者に卵巣がんや乳がん、前立腺がん、膵臓がん、若年での大腸がんの経験者が複数いるなど、遺伝的な素因を持っている可能性がある人が、がんを発症する前に自分のがんの発症リスクについて知りたい場合には、一定の条件のもと、血液を用いる遺伝子検査を自費で受けることができます。この場合にも遺伝カウンセリングは必須です。
馬場先生は、「遺伝子の異常があるとわかれば、頻回の受診による早期発見、卵巣や乳房の予防的切除などの方法があります。遺伝子検査を受けるかどうかをよく考えることも含め、人生を前倒しに計画するような気持ちで備えていただけるとよいと思います」と語っています。
近年、明らかになってきたのが、卵巣がんと子宮内膜症、チョコレート囊胞の関連です。
子宮内膜症は、子宮の内側の表面だけにあるはずの子宮内膜の組織が卵巣や腹膜、膀胱などにもできてしまうものです。卵巣にできた子宮内膜組織は子宮にある内膜と同じく月経のときにはがれて出血します。そして、卵巣内にその血液がたまってチョコレート色の囊胞(袋状の組織)ができます。このチョコレート囊胞からがんができる人がいます。閉経前後でチョコレート囊胞がある場合、若くてもチョコレート囊胞が大きい場合には囊胞や卵巣の摘出によって、がん化を防ぐことができます。「チョコレート囊胞をはじめ、子宮内膜症があると月経痛が強くなります。現在、月経痛に悩まされている方、閉経前後での月経痛が強かった方は、定期的に婦人科を受診していただくと安心です」。