今月の著者 中谷美紀さん
「たぶん好奇心が強いのだと思います。自分自身の人生が博打のようなものなので、一切ギャンブルには手を出しませんが、平坦な道だと飽きてしまうといいますか、コンフォートゾーンにとどまっていられない性分ですね」
たおやかに笑う中谷美紀さん。『オフ・ブロードウェイ奮闘記』は、執筆活動も行う中谷さんがニューヨークで舞台『猟銃』に挑んだ2か月を綴った日記エッセイです。
すべての発端は約17年前、映画『シルク』で出会ったオペラなどの演出も手がけるフランソワ・ジラール監督に、井上 靖氏の小説『猟銃』を舞台化するので出演しないかともちかけられたこと。そして3人登場する女性のうち誰をやりたいかと聞かれ、「せっかくなら三役すべて演じてみたい」と答えた中谷さんは、この美しく刺激的で、その分、演者にとっては過酷な作品で、2011年に初舞台を経験。2016年に東京などで再演した際には「もう二度とやりません」と宣言したそうです。
「でも、ニューヨークでミハイル・バリシニコフさんと一緒に演じてみないかというお話には、YES!と即答してしまいました」
書かないと、自分を保っていられなかったのだと思います
本書には、その結果訪れた文字どおり“奮闘”の日々が、日本文化や音楽・芸術に通じた中谷さんだからこその視点と美しい文章で記されています。ヴィオラ奏者の夫ティロさんのことや現地での華やかな交流、ロシアのウクライナ侵攻やコロナ禍の影響、そして75歳にして新たな創作に挑んだバリシニコフさんの真摯な姿とともに。
「いろいろなハプニングもあって、毎日ベッドから起き上がるだけでも大変でしたが、日記だけは書いていました。創作に携わるバリシニコフさんのお姿を記録することが私の使命だと感じていましたし、書かないと自分を保っていられなかったのだと思います。なんとか千秋楽まで務められたのは、お客様、そして腰に大変な痛みを抱えながら、身を削って演じてくださったバリシニコフさんの熱意にお応えしたいという気持ちがあったから。大スターの風情というものを一切封印して役柄を探る、その謙虚な姿勢と日本文化への敬意に触れて、惰性で演じない、知ったつもりにならないということを、より心がけるようになりました」
本書を読むとなおさら、お二人の共演を日本でも生で観たくなりますが、「もう搾り取れる最後の一滴まで出しきりました(笑)」。
「この本の出版をもって、もう本当に終わったと自分の中で区切りがついたような感じです。ぜひ映像で、年齢を重ねてこそのバリシニコフさんの表現と、井上 靖さんが書かれた美しい日本語を味わっていただけたら嬉しいです」
『オフ・ブロードウェイ奮闘記』中谷美紀 著 幻冬舎文庫ある実業家の13年にわたる不倫を3人の女性からの別れの手紙を通して浮き彫りにした同名の小説を、中谷さんが一人三役で演じる女性たちの独白とバリシニコフさんの身体表現で舞台化した『猟銃』。その稽古と本番に臨んだ2か月を綴った日記エッセイ。巻末に、同作品でカナダ・モントリオールにて2011年に初舞台を踏んだ際のエッセイ『処女航海』も併録。
中谷美紀(なかたに・みき)1976年、東京都生まれ。1993年に俳優デビュー。映画『嫌われ松子の一生』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞するなど、映像作品で活躍する一方、『猟銃』でも読売演劇大賞優秀女優賞などを受賞。執筆活動も行い、著書は幻冬舎文庫『オーストリア滞在記』『文はやりたし』など。
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