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木造遺産、京都「聴竹居」を訪ねる【後編】伝統的木造建築の中に息づくモダニズム

2024.06.25

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〔特集〕世界に誇る美しき伝承 続・日本の木造遺産(後編) 本連載をまとめた単行本『日本木造遺産 千年の時を超える知恵』の刊行を記念して、昭和のモダニズム住宅として2017年に初めて重要文化財に指定された「聴竹居」を取り上げます。2019年に奇しくも同じ大山崎町の名茶室「待庵」から連載がスタート、全国を巡ってきた木造遺産の旅は、時空を超え昭和のモダニズム住宅へと辿り着きました。日本の気候風土に根ざした住宅を志向した建築家・藤井厚二の自邸を通して、その比類なき建築思想に触れていただきます。前編の記事はこちら>>

・特集「世界に誇る美しき伝承 続・日本の木造遺産」の記事一覧はこちらから>>

【特別編】聴竹居 (京都府乙訓郡大山崎町)
日本の気候風土に寄り添う昭和モダニズム住宅の心地よさ

昭和3(1928)年に建てられた聴竹居。家族が住まう本屋は、リビングである居室を中心に各室がつながる「一屋一室」の構成。テーブル越しに左手に見えるのは客室。計算され尽くした格子のデザインも藤井ならではのもの。藤井は建築のみならず家具、照明、陶器などあらゆるものをデザインした。向かって右手は開口部が広がる縁側。

前編の記事はこちら>>

建て替え続け、改良をくり返した自宅。5回目でやっと納得の住まいに──

しかし藤井厚二は違い、ライトやバウハウスに直接学んだりせず、それらの刺激を受けながら、日本の伝統的木造建築を基にした新しい建築の在り方を次のように求めてゆく。


技術としては伝統的大工技術を駆使するが、造形上の基準は変え、各部造形は立方体を組み合わせた幾何学に従うように構成する。部屋はライトに始まる空間の連続性を重視する。

縁側天井の2点で吊られたシェードもまた藤井のデザイン。中の照明が独立しており電球の交換がとてもしやすい構造だ。

この2つの性格が最もよく表れているのが主室(本屋)で、壁や棚の造形は正方形と直方体を強く意識しているし、部屋のストンとした空間も連続性のたまもの。板張りの床とし、天井も紙張りとして伝統を排したのは連続性を強調するため。

居室の対角線上に位置する食事室。居室より少し床面が高い。円弧状の間仕切りによって居室とやわらかく区切られている。障子を開ければ外ともつながる家族団らんの空間だ。食事室の横には調理室があるが、引き戸を開けると直接配膳することができる。藤井は日常生活における動線を実によく考えていた。

食事室から居室を見た様子。

そして何よりの連続性は、右奥の食事室との関係で、食事室から流れ出た空間は、アーチに縁取られた縦格子をすり抜け、斜めに居室に流れ込む。四角な部屋に斜めに空間が流れ込むという世にも珍しいダイナミックな構成は、千利休の茶室〈残月亭〉が基にある。

明治以来、建築家は茶室のような極私的な遊びの場を手がけてはいけないという辰野金吾に始まったと思われる不文律があったが、それを脱し、日本で初めて茶室と取り組んだのは藤井厚二であり(大正4年第1回住宅)、その経験がここで生きた。

本屋の縁側。敷地の眼下を走る鉄道を庭の生垣が遮り、川を挟んだ対岸の男山までをも借景とした美しい眺め。屋根から張り出した軒が窓上部のすりガラスに隠れ、視点が窓で切り取られた景色へと向く。柱のない三方ガラスの横連窓はル・コルビュジェを意識したものと考えられている。

居室の横には読書室。縁側に向かって子どもたちのために机と本棚が作り付けられている。

食事室から流れ出た空間は、ストンとした長方形の居室を通って外へと向かい、読書室を右手にかすめ、障子を開けて広い縁側にいたり、さらに大きなガラス戸を越して庭にいたる。

庭の眼下には淀川が流れ、豊かな水流の向こうには石清水八幡宮の森が望まれる。縁側のガラス戸を欧米式の開戸形式ではなく伝統の引き戸形式としたのは、そのほうが開放感が深まるからだった。

技術は伝統の木造を駆使しながら、しかし幾何学、空間の連続性といった世界のモダニズムの動向に従い、そして伝統に由来する茶室や障子や引き戸の要素を取り込んだ。かくして聴竹居は実現し、藤井は竹の音を楽しみながら10年を過ごし、昭和13(1938)年、49歳で逝去している。

構造学者の眼から ── 腰原幹雄(東京大学生産技術研究所教授)

近代に入り木造建築の構造は伝統技術と近代建築技術とが共存することになる。経験学に基づいた伝統技術と工学に基づいた近代建築技術には対立もあった一方、伝統技術の工学的評価も試みられてきた。

縁側の構造

縁側の構造

本屋の縁側では、淀川を望む風景を得るために室内からの視線を妨げないように、柱は正方形ではなく、見付の細い長方形断面が用いられている。出隅部ではガラスを突き合わせて柱をなくすため、小屋組で二方向から跳ねだしている。跳ねだした軒裏の化粧垂木は桔木(はねぎ)のように室内まで引き込み梁で押さえられている。景色を優先して視線は操作され、すりガラスによってこの軒裏も室内からは見えないようになっている。

耐震については、伝統的な木造住宅が平屋または2階建てが一般的であり、2階建てでも2階の階高は低く抑えられてきた背景からか「我国にて屡々(しばしば)大なる禍害を蒙(こうむ)らしむる地震に対する予防上より見るも平屋を推奨します」とし伝統的な平屋の木造住宅としてこの住宅を設計している。

環境工学の教授として、壁の工法の選定も意匠性だけでなく、熱環境の視点から選択を試みている。木舞壁、土蔵壁、木摺壁の中から断熱性能を測定し、「土塗り壁の勝れたることは明白なる」として土塗り壁を採用している。ただし、そのまま用いるのではなく、剝落による不便の解消のために土塗り壁の上に紙あるいは布を貼っている。さらに、土塗り壁は乾燥収縮により柱との間に隙間が生じやすい点に対して、隙間風の侵入を防ぐとともに左官の手間を減らすために柱に2センチ角の木を打ち付ける改良を施している。

伝統構法に経験学と工学的知見を加えて改良を繰り返してきたのが日本の木造建築である。
薄暮に浮かび上がる本屋。

薄暮に浮かび上がる本屋。

藤井は聴竹居に至るまで改良をくり返し、実に4回も自邸を建築した。4軒目は実物大のモックアップで、人が住むことはなかったという。徹底したこだわりをつめ込んだ5軒目の聴竹居で藤井の想いは結実した。

聴竹居
住所:京都府乙訓郡大山崎町大山崎谷田31
公開日:日曜、水曜(見学には事前予約が必要)。見学希望日の90日前から3日前までに、聴竹居ホームページの「お申し込みフォーム」より予約。
見学料:大人1500円 学生・児童1000円(大学院生・専門学校生も同様)
お問い合わせ:075(956)0030
URL:http://www.chochikukyo.com/
※お盆、年末年始は休み
※見学資格など詳細はホームページを参照

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建築探偵・藤森照信そして写真家・藤塚光政。二人の巨匠が再びタッグを組み、日本全国32の木造遺産を旅する。幾星霜を経ても匠たちの知恵と技は朽ちない──。腰原幹雄による【コラム】「構造学者の眼から見た木造遺産32」も注目!



この特集の記事一覧はこちらから>>

この記事の掲載号

『家庭画報』2024年07月号

家庭画報 2024年07月号

撮影/藤塚光政 文/藤森照信(建築史家) 協力/松隈 章(聴竹居倶楽部)

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