連載「アスリート×社会貢献活動 スポーツでつながる、広がる社会課題解決の輪」第1回 パリ五輪を目前に控え、スポーツ熱がますます高まっています。選手たちの躍動に声援を送るとともに、応援している競技や、競技にまつわるアスリートが取り組む社会貢献活動にも注目してみませんか。スポーツをテーマに、現代社会が抱える課題や未来について考えていく新連載です。
第1回のゲストは、バレーボール女子日本代表として世界選手権やワールドカップなど数々の出場経験を持つ益子直美さんです。
9年前から「監督が怒ってはいけない大会」を開催している益子さんは、アンガーマネジメントファシリテーターの資格をいかして講演を行うなど、幅広いフィールドで取り組みを行っています。今回は、アスリートと指導におけるハラスメント問題について話を伺いました。
益子直美(ますこ・なおみ)さん 1966年、東京都生まれ。中学からバレーボールをはじめ、高校3年秋に全日本代表に選出される。85年、イトーヨーカ堂に入社し、エースとして日本リーグ初優勝(89年)に貢献した。日本代表としても世界選手権やワールドカップに出場。競技引退後は、タレント、スポーツキャスター、解説者として活躍。2015年から3年に亘り、淑徳大学バレー部監督を務める。15年に「監督が怒ってはいけない大会」小学生バレーボール大会を開催。21年に日本バレーボール協会理事、スポーツ庁スポーツ審議会スポーツ基本計画部会(第2期)委員を務め、23年6月、日本スポーツ少年団本部長に就任。社会課題に取り組むアスリートや団体に贈られる「HEROs AWARD 2022」受賞。
好きではじめたバレーボールが、“怒り”による指導で嫌いに
「実はバレーボールが嫌いだったんです」と屈託のない笑顔で話す益子直美さん。益子さんといえば、バレーボール女子元日本代表として世界選手権やワールドカップなど国際舞台で活躍してきた、言わずと知れたトップアスリートです。嫌いになった理由は、「暴言や体罰などの“怒り”を使った指導で、自信を喪失してしまったから」だと言います。
「私は漫画『アタックNo.1』が好きで、バレーボールをはじめたんですよ(笑)。漫画では厳しい世界として描かれていましたし、実際に厳しいだろうという覚悟のうえで門戸をたたいたのですが、想像以上に過酷でした。中学、高校と全国大会に出る強豪校だったこともあるのかもしれませんが、怒られるのは当たり前、ひどいときは殴られたことも。チームメイトの中には怪我をした人もいましたが、当時は珍しくない光景でした。正直、パフォーマンスを発揮するどころではなかったですね。
ただ、そのような厳しい指導の中でもトップに登りつめていく人はいる。怒られるたびに委縮したり、自信を失ったりする自分は、アスリートには向いていないと思うようになり、いつしかあんなに好きだったバレーボールを嫌いになっていました」。
子どもたちが楽しくのびのびとプレーを。そんな思いから生まれた「監督が怒ってはいけない大会」
益子さんが再びバレーボールを楽しいと感じられたのは、高校の部活を引退したあとのこと。「下級生の練習相手をしているときに、『もう怒られることはない』と思ったら、すごく伸び伸びプレーができるようになって。あの時期がいちばん上手くなった気がします(笑)」。
実業団に入ると暴言や体罰が伴う指導は行われることはなく、「1年ぐらい羽を伸ばしすぎてしまいました(笑)」と益子さん。「以前のように必死に練習をしなくなったんです、怒られないから。今思うと主体性がなかったんでしょうね」。
しかし、「このままではいけない」と思い直して、自分を奮い立たせながら練習に励み、チームのエースとして日本リーグ初優勝に貢献。日本代表として活躍するも、25歳という若さで競技を引退します。
引退後は、スポーツキャスターやタレント、解説者として活躍。2015年に、子どもたちが楽しくのびのびとプレーすることを目的とした「監督が怒ってはいけない大会」小学生バレーボール大会を開催することに。
「最初は『益子直美カップ 小学生バレーボール大会』という名称で企画されたのですが、せっかくやるなら、勝利至上主義ではなく、子どもたちが笑顔で心からバレーボールを楽しいと思える大会にしたいと思い、“監督が怒らない”というルールを設けたらどうかと、大会を一緒に企画していた北川新二さん・美陽子さんご夫妻に提案しました。すると、元バレーボール選手で春高バレー常連の強豪校出身だった美陽子さんも“怒り”による指導に問題意識を持っていて、二人とも二つ返事で賛同してくれました」。
2023年6月に広島県東広島市内で開催された「監督が怒ってはいけない大会in広島」では、各競技を代表するトップアスリートたちが大会に参加。写真提供/日本財団HEROs
大会が掲げる理念は、「参加する子どもたちが最大限に楽しむこと」「監督やコーチ、保護者が怒らないこと」「子どもたちも監督もチャレンジすること」の3つ。試合の他に、子どもと指導者、保護者を対象に、アンガーマネジメントやペップトーク、スポーツマンシップに関するセミナーや、子どもたちが参加するクイズ大会やチーム対抗リレーなども行われます。大会中スポーツマンシップに測って笑顔で行動できた選手と監督には「スマイル賞」を授与したり、怒ってしまった監督には「×印」のマスクをつけたりするなどの工夫も凝らしています。
大会を開催するたびに、子どもだけでなく、大人も新たな気づきや学びが得られると益子さんは言います。「子どもたちに質問すると、想定外の答えが返ってくることがあります。例えば、『自分がスポーツマンだと思う人、手を挙げて』の問いに、手をあげられなかった女の子が『私は女の子なので“マン”ではありません!』って。これまで何の疑問も抱かずに使っていたと、はっとさせられました」。