カルチャー&ホビー

五木寛之さんが語る【こころのレシピ】無意識の偏見について

2024.09.10

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撮影/有乃衣里彩

無意識の偏見について

以前、ある専門医の集りに呼ばれて講演をしたことがありました。

精神科の医師や研究者の会です。

私がそんな集りに呼ばれたのは、たぶん、難しい専門的な論議に疲れた皆さんの〈箸休(はしやす)め〉みたいな役割りを期待されたのではないかと思います。


そのご期待にそうように、気楽な話を披露して、お役目を終えて帰ってきました。最初は気難しい表情だったドクターたちが、何度か笑ってくれたので、正直、ほっとしました。

ところで、その日の集りのテーマといいますか、研究発表の中心になっていたのが、私にとってもすこぶる関心のある問題だったのです。

アンコンシャス・バイアスとは

控え室で渡されたパンフレットには、〈アンコンシャス・バイアスについて〉
と、なっている。

なんだかややこしい専門語のようですが、内容はそんなに難しい話でもありません。

〈アンコンシャス〉
直訳すれば〈無意識の世界〉のことですね。

〈バイアス〉
は、偏(かたよ)り、とか、偏見(へんけん)のことでしょう。

要するに何かに対して、自分が気づかないままに間違った感覚や先入観を心の深いところに抱えている、そんな意味の言葉だろうと私は勝手に解釈しています。

〈無意識の思い込み〉
とでもいえるでしょうか。

頭ではわかっていても、実感としてはものごころついたときから、頭と体に刷り込まれてしまった感覚がある。

誰にでも、そういうものはあるのです。知性というより、感覚、感情といったほうがいいかもしれません。

意識の上では正しく理解できていても、心のもっと深いところ、本能ともいえるような無意識の世界に、気づかずに根を張っている感覚です。

問題はそれが往々にして、歪んだ、古くさい感覚として残っていることでしょう。知識ではなく、本能とでもいうべき感覚です。

身近なところで一例をあげるなら、たとえば、古くさい言葉ですが、
〈男尊女卑(だんそんじょひ)〉
という感性です。

この国は、ながく女性を低く観る、という感覚が続いてきました。

戦後、新憲法のもとで、男女の平等が宣言され、いまではかなりの程度で〈平等〉は実現しているかのように見えます。

連合(日本労働組合総連合会)の会長も女性ですし、日本航空の社長さんも女性。

ジャーナリズムでは、女性の編集長が目白押しです。女性総理の登場も、そう先のことではないでしょう。

それにもかかわらず、なにかどこかですっきりしないものがある。心の深いところ、すなわちアンコンシャスの世界での偏見や古い感性が、どうしようもなく残っているのです。

こんなことを言い出せばキリがありません。

憲法で男女同権が宣言されたとしても、なぜ、〈男〉が先で、〈女〉が後につづくのか。

私たちがふだん使っている言葉にしてもそうです。

〈嫉妬(しっと)〉という字は、まるでジェラシーが女性専門の感情のような組み立てです。実は男性のほうが、はるかに嫉妬深いことは、私自身よくわかっていることですが。

ご婦人同士の話の中で、
「うちの旦那は」とか、
「おたくの旦那さんは──」
とかいう会話は、さすがにもうほとんどなくなっているようですが、〈主人〉とか、〈ご主人〉とかいう言い方は、まだ残っているような感じです。

まあ、〈旦那〉のもともとの言葉は、仏教的なスポンサーのことですから、共働き夫婦がふえてくれば、いずれ消えていく表現かもしれません。

まずは、思い込みに気づくこと

しかし、そのバイアス(偏見)が男女間の問題を超えて、社会的な偏見や差別に結びつくとなれば、これは問題です。

私たちは意識の上での差別や偏見を乗り越えることはできます。知性でそれを否定できるのです。

しかし、無意識の深い世界に根を張っている偏見や差別感覚は、それが意識されるものでないだけに簡単に乗り越えるわけにはいきません。

〈アンコンシャス・バイアス〉

無意識の偏見が精神科医の討論のテーマとなるのは、そのためでしょう。

それに対する立場は、無意識の世界のバイアスを、意識化すること。自分の思い込みを自覚し、気づくこと。まず、その辺から始めるしかないような気がします。

昭和世代の一人として、絶望的なほど深い自分の偏見や差別感にため息をつきながら、この原稿を書いているのです。
五木寛之(いつき・ひろゆき)

五木寛之(いつき・ひろゆき)

《今月の近況》
昔はメロンパンが好きでした。そのことを書いたら、講演会の楽屋の差し入れにメロンパンが大量に届き、持ち帰りが大変でした。最近はクリームパンに凝っています。カフェで注文したら、「カスタード・クリームパンですね」と丁重に念を押されました。クリームパンも出世したものです。

この記事の掲載号

『家庭画報』2024年09月号

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