「ビタミンB₁摂取量」調査から見える。夏バテにビタミンB₁が豊富な豚肉料理は効果的？
東京大学名誉教授
佐々木 敏（ささき・さとし）先生
京都大学工学部、大阪大学医学部卒業。大阪大学大学院、ルーベン大学大学院博士課程修了。医師、医学博士。栄養疫学の第一人者。科学的根拠に基づく栄養学（EBN）をいち早く提唱し「日本人の食事摂取基準」（厚生労働省）の策定では中心的役割を担う。著書に『佐々木敏の栄養データはこう読む！』『行動栄養学とはなにか？』（ともに女子栄養大学出版部刊）など。
ビタミンB₁不足で起こる健康障害は夏バテでなく脚気
夏バテの予防や回復に役立つ栄養素といえば、真っ先に思い浮かぶのが「ビタミンB₁」です。チアミンとも呼ばれ、炭水化物を水と二酸化炭素に分解してエネルギーを作り出す働きを助けるビタミンです。
ビタミンは野菜や果物に豊富に含まれるイメージがありますが、それはビタミンCだけです。ビタミンB₁はビタミンとは一見縁遠いと思われる肉や魚に多く含まれ、豚肉の豊富さが目立ちます（表1）。
今月の「食行動」に生かせる注目データ
ビタミンB₁は肉や魚に多く含まれる！
「日本食品標準成分表2015年版（七訂）」より
ゆえに、夏バテには「豚肉料理」が定番で、ひと夏の間、家族のためにせっせと作り続ける人も多いことでしょう。
しかし、本当にビタミンB₁が夏バテに効果があるのでしょうか。そもそもビタミンB₁を意識的に補わなければならないほど足りていないのでしょうか。この問いの答えが図1です。これは健康な日本人を対象とした食事内容の記録をもとにビタミンB₁の摂取量を計算したものです。
日本人の9割以上はビタミンB₁が足りている
参考文献／『佐々木 敏のデータ栄養学のすすめ』佐々木 敏 著（女子栄養大学出版部刊）P.124〜132 表1はP.127、図1はP.130を参考に作成
「ビタミンは水溶性と脂溶性に分けられます。ビタミンB₁は水溶性のため、大量に摂取した場合、余分な量は尿中に捨てられます。その分岐点となる摂取量は1日あたり0・53ミリグラム程度であることがわかっています。つまり、この程度以上の量を摂取していれば足りているとみなされるということです」と佐々木 敏先生は解説します。
この指標に基づくと図1の研究において0・53ミリグラム未満だった人は16人でした。残りの376人（96パーセント）は十分にビタミンB₁を摂取していると考えられます。そして、健康に影響するほど不足していたのはたった1人で、その線引きとなったのは脚気を引き起こす危険ライン（1日あたりの摂取量が0・3〜0・4ミリグラム未満）です。「ビタミンB₁不足による本当の健康障害は夏バテではなく脚気なのです。ほかの食べ物を一切とらず、そうめんや冷や麦だけを食べ続けると脚気になるかもしれません。しかし、通常の食事をしていればそのリスクはないでしょう」
夏バテとビタミンB₁の摂取量や必要量との関連を調べた研究はごくわずかで、「夏バテには豚肉・ビタミンB₁」説がなぜこんなに世の中に広まったのかは不明だそうです。「ビタミンB₁が足りなくなると太るといった情報も散見されますが、代謝経路の一部だけに着目し、そこから想像される結果を強調したもので、これも科学的根拠はありません」。
●研究の結果と食事の留意点
研究の結果●尿中にビタミンB₁が排出されるかどうかの分岐点となる摂取量は、0.53ml／日。
●ビタミンB₁不足で脚気を引き起こす摂取量の危険ラインは0.3〜0.4ml／日未満。 以上からビタミンB₁が不足している日本人はほとんどいないことがわかる。
食事の留意点●ビタミンB₁が不足している日本人はほとんどいないので意識的に補う必要はない。 ちなみに、ビタミンB₁が足りなくなると夏バテではなく脚気を引き起こす。
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