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- 阿川佐和子さん、刺繍作家・神津はづきさんと、きもので“ミニ佐和子”ブローチ作り
何かの拍子に、帯に刺繡を施してみるのも面白いかもしれないですねという話になった。
「でも、誰が?」
私は問うた。すると敏腕きもの編集者のカバちゃんが、
「帯に刺繡するのもいいけれど、こんなブローチをつくって帯につけるのも楽しいかもよ」
今度は端裂を使ってつくったらしき、きもの姿の色っぽい人形の写真が送られてきた。うわ、こんなこともできるわけ? でも、ここまで高度で手の込んだ技が、はたして私にこなせるか。
「ちゃんとご指導しますから大丈夫よ」
その言葉に甘えて後日、指定されたお教室に伺うと、はづきさんはお道具籠バッグの中から、針、糸、ハサミ、きものの端裂、肌色ストッキング、綿、ヒモ、ペンなどをテーブルに並べ、さっそく作業を開始。私も事前に言われた通り、母や私のきものの端裂を鞄から取り出して並べてみる。
「このお母様の泥大島の端裂できものにする? 帯は何色がいいかしら」
だいたいの構想が固まると、まずは人形の顔作りから始める。ストッキングの端裂で綿を包み込み、顔らしいかたちに整えていく。
「なるほどストッキング使うのね?」
「伸縮性があっていいのよ」
針と糸でぐさぐさと、かなり大胆に縫い合わせる。首と顎の曲線は、糸をキュキュッと強く引き、裏でガシッと留めてしまう。
「裏なんか見えないからいい加減でいいの」
はづき先生、極めておおざっぱで大胆でかっこいい。あっという間にのっぺらぼうのストッキング人形ができあがった。そこへ、白地の晒しを襦袢に見立て、上から母の泥大島の端裂を重ね、きもの風に当ててみる。まあ、驚いた。立派なきもの姿になるものだ。
「こんな感じかな。じゃ、アガワさんには髪の毛を植え込んでいってもらいましょうか」
はづき先生のご指導に従って、黒い刺繡糸をひと針ひと針、植毛職人になった気分で根気よく、地肌がすべて隠れるまで何度も糸を重ねて頭髪部分をつくっていく。
続いて顔。
「目は、ここらへんかな。眉は茶色い糸がいいかしら」
表情は大事だ。失敗すると怖いので、はづき先生にお任せする。と、なんと器用に長いまつげまで縫い込んでくださった。
「ちょっと中原淳一風でいいでしょ」
くちびるはピンクの糸で二、三本。鼻の線はベージュでかすかに。吊り目のショートヘア顔が、ちょっと私に似ているかしら。ま、私は垂れ目ですが。
その顔にきものを着せて、帯には細かい草木柄を縫い込んで、帯締めは甘い茶色と金糸を依って結び合わせる。ほとんど見えない帯揚げも、「薄紫がいいんじゃない?」と帯の下に埋め込んで、あれよあれよという間に、高さ六センチほどのミニ佐和子の完成だ。はづき先生に最後の仕上げを施していただいて、出来上がった人形の背中を黒いビニール布でカバーすると、その上にブローチ用のピンを縫い付ける。
これなら、きものでも帯でも自在につけて歩けそうである。きもの姿の私を見つけ、よく目を懲らすと、「あら、お人形のブローチがついてるの⁈」と誰もがあっと驚くにちがいない。
本当は、お太鼓の端っこにつけようかと思っていたが、目の届かないところにつけて万が一どこかで落としたら悲しすぎる。でも洋服のように胸につけるのではつまらないかな。どのきものに合うかしら。ミニ佐和子ちゃん、どこにつけてほしい? 人形を手に抱きながら、只今ニマニマと相談中である。
撮影/伏見里織(本誌) 構成・取材/樺澤貴子 撮影協力/uka 東京ミッドタウン 六本木