エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2024年10月号に掲載された第39回、桑野和泉さんによるエッセイをお楽しみください。
vol. 39 記憶の中の和菓子
文・桑野和泉
由布岳の麓に広がる由布院盆地。のどかで自然豊かな温泉地で育った私にとっての思い出の和菓子は、「ムラのおはぎ」と「全国の銘菓」です。
農村で暮らしている豊かさを実感する秋。ムラの料理上手の女性たちが小豆の
収穫を待ち、その年のおはぎを作り始めます。そのお裾分けが友人・知人にも届くという有難い習慣。そのいただきものが我が家に届いたとき、私たち子どもに“口福の秋”が訪れたのでした。取れたての小豆を使ったあんこは、ぴかぴか。作り手の顔も、いつもよりぴかぴかしているような。もちろん、家庭ごとにおはぎの大きさも、味の違いもさまざま。今もおはぎといえば、秋の由布院の風景と人の顔が浮かんできます。田舎の温かさがそこにぎゅっと。
そんな私のもう一つの思い出は、「ただいま」の声とともに届く日本各地の銘
菓。
由布院は、滞在型の保養地を目指してきたこともあり、地元と旅人の関係が近く、我が家にも絶えず人の出入りがありました。当時、小豆の味しか知らなかった私にとって、栗、葛などを使ったお菓子や洗練された和菓子との出会いは、知らない土地への憧れとなりました。こんなにおいしい和菓子がある街は、どんな街だろう? そこのお店の包装紙や箱を見るだけでわくわくしたものです。想像の翼が広がった私は地図を広げて印をつけていく旅をしました。子どもながらに、ずい分な“和菓子通”になれたと密かに自負していました。
日本の四季、土地の歴史、風土を教えてくれる「和菓子」の文化。
今、海外の人たちから行きたい国といわれる日本。もっと地方を、田舎を、訪
れてもらいたい。そして和菓子をぜひ味わっていただきたいと願うのです。そのときは、土地の人のお話も一緒に。そうしたらきっともっと日本を好きになってもらえるかと思っています。
私も地域と人が繫がる味で皆さんをお迎えしたいとこころが動き始めています。
桑野和泉1964年大分県湯布院町(現:由布市)生まれ。92年に家業の宿「由布院玉の湯」入社。広報、専務取締役を経て、2003年に代表取締役社長となる。町づくりなどの市民グループの代表や世話人も務める。一般社団法人由布市まちづくり観光局代表理事。一般社団法人日本旅館協会会長。
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