「イギリスの食習慣と疾病」調査から考える。ベジタリアンとビーガンの食事は健康によいのか?
東京大学名誉教授
佐々木 敏(ささき・さとし)先生京都大学工学部、大阪大学医学部卒業。大阪大学大学院、ルーベン大学大学院博士課程修了。医師、医学博士。栄養疫学の第一人者。科学的根拠に基づく栄養学(EBN)をいち早く提唱し「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)の策定では中心的役割を担う。著書に『佐々木敏の栄養データはこう読む!』『佐々木 敏のデータ栄養学のすすめ』(ともに女子栄養大学出版部刊)など。
ベジタリアンやビーガンにもかかりやすい病気がある
「ベジタリアン」や「ビーガン」という言葉を聞くと「健康によい食事」が連想され、興味を持つ人も少なくありません。欧米で人気のビーガンダイエットが日本でも流行りました。「ベジタリアンとは動物の肉を食べない人たち全体を指すことが多く、卵や乳製品を食べる人たち、卵は食べないけれど乳製品は食べる人たちも含みます。一方、ビーガンは動物性の食品を一切食べず、植物性の食品だけを食べる人たちを指します」と佐々木 敏先生は解説します。
しかし、これらの食事は本当に健康によいのでしょうか。佐々木先生によると、イギリスにはベジタリアンやビーガンの食習慣と健康状態を長年にわたって調べている研究があるそうです。「この研究の強みは普通食も調査していることです。普通食と比較することによりベジタリアンやビーガンの食事が本当に健康によいかどうかがわかります」。
今月の「食行動」に生かせる注目データ
参考文献/『行動栄養学とはなにか?』佐々木 敏 著(女子栄養大学出版部刊)P.124 ~133 図はP.127を参考に作成
図は、主な栄養素の摂取量を調査し、普通食群の平均摂取量を100とした場合、それと比較して魚食群、ベジタリアン群、ビーガン群の平均摂取量が多かったのか少なかったのかを表しています。結果をみると普通食群 → 魚食群 → ベジタリアン群 → ビーガン群の順に食物繊維が増え、ビーガン群で総脂質、特に飽和脂肪酸が少なく、多価不飽和脂肪酸が多いことがわかります。「このような食べ方は、循環器疾患、なかでも心筋梗塞の予防に効果的です」。一方、ビタミンDは食物繊維とは逆の順で少なくなっていて、カルシウムはビーガン群での少なさが目立ちます。
この研究に参加した人たちがどのような病気にかかったのかを調査すると、心筋梗塞と糖尿病(2型)、がんの発症率はベジタリアン(+ビーガン)群と魚食群で低く、脳卒中の発症率はベジタリアン(+ビーガン)群で、骨折の発症率はビーガン群で高くなりました。「ベジタリアンやビーガンのほうがかかりにくい病気がある半面、かかりやすい病気もあること、ベジタリアン群と魚食群の結果は似ていること、欧米人に比べて日本人は心筋梗塞が少なく脳卒中が相対的に多いこと、欧米人に比べて日本人はカルシウムの平均摂取量が少ないことを考えると、この研究結果は普通食よりもベジタリアンやビーガンの食事が日本人にとって健康的だといいきれないことを教えてくれています」
●研究の結果と食事の留意点
研究の結果●ベジタリアンやビーガンの食事は、食物繊維が多い。飽和脂肪酸が少なく、多価不飽和脂肪酸が多い。ビタミンDやカルシウムが少ない。
●図の研究に参加した人がその後にかかった病気を調べると、心筋梗塞と糖尿病(2型)、がんの発症率はベジタリアン(+ビーガン)群と魚食群で低く、脳卒中の発症率はベジタリアン(+ビーガン)群で、骨折の発症率はビーガン群で高かった。
食事の留意点●女性は男性に比べて年齢を重ねても心筋梗塞にかかりにくい半面、閉経後は骨が折れやすくなるといったことを考えると普通食よりもベジタリアンやビーガンの食事が健康的とはいいきれない。
●ほかの研究からもそれほど太っていない人や肉よりも魚が好きな人がベジタリアンやビーガンになるメリットがあるかどうかはよくわかっていない。
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