羽生 内面磨きのために自分を追い込むわけですね。体力トレーニングや筋力トレーニングをしているときは、ある意味、行に近い感覚なのかもしれません。プロフィギュアスケーターになって“表現”というものをより強く考え始めるようになってから、ひたすら自分に向き合う時間が増えたように思います。
やっぱり、自分は何者なのか、生とはなんだろうということを突き詰めて考えて、自分の芯ができ始めないと思い描く表現ができないんだなと痛感したんです。逃げ場もないほどに追い込まれないと、見えてこない境地もあるのではないでしょうか。
塩沼 確かに。でも、修行やパフォーマンスに向けて、ギアや効率を上げたい仕事に従事していなければ、あまり追い込まれずに生活できるほうが本当はいいのでしょうね(苦笑)。
羽生 そうですよね。ただ、学生時代のテストや宿題など、期限を切られて追い込まれるからこそ、集中力が養われる面もある気がします。
塩沼 追い込まれた状況で自らと向き合う経験は、新たな境地や気づきに開眼するために有効かもしれませんね。
羽生 僕は挑戦していかないと自分らしくないという想いがあったので、成功率10%、20%という高難易度の技を組み入れて試合で戦ってきました。スケートに夢中になった理由を思い返してみると、非日常体験の中で難しさに向き合える点にあった気がするんです。
塩沼 難しさを極めた中での成功体験があると、それはやめられないでしょうね。
羽生 でも、実は今でも失敗した夢ばかり見るんです。最近も試合の夢を見たのですが、始まりの時間を過ぎているのにまだ衣装も着ていないし靴も履いていない。焦りました(苦笑)。
塩沼 成功した夢は見ないんですか?
羽生 あまり見ないんですよね。でも4回転半を跳ぶ夢は実際、成功する前に見ていました。「今跳べたけど、これ夢だ。でもこの感覚、すごくリアルだから記憶しておこう……、ちょっと目が覚めてきたから、起きて4回転半のイメトレしよう」と、もう夢ごと使ってしまおう(笑)みたいな熱量を持って取り組んでいましたね。阿闍梨さんは修行中の夢、見ませんか?
塩沼 山の中を歩く夢は、今でもたまに見ますね。千日回峰行が終わったという意識がなく、毎日が1000日目の気持ちなのです。修行中の日誌も実際、999日までしか書いておらず。心のどこかで修行が続いているのでしょう。