今月の著者:志村洋子さん
自らの心象風景をいかに染め、織るかを追求し続けてきた志村洋子さんの2冊目となる作品集。タイトルは『鏡』です。
「私は、“鏡”を作品づくりの一貫したテーマとしてきました。目に見えるそのものではなく、鏡に映った世界を表現したい。今回作品集をつくるにあたり、それを書名にしようと決めました」
ひたむきに機(はた)に向かった先に浮かび上がる世界観に浸れる作品集
本作品集の第2章は、書名と同じ「鏡」と題されています。これは、夏目漱石がアーサー王伝説をもとに書いた短編小説「薤露行(かいろこう)」へのオマージュ。この小説にも、高い塔に幽閉された“シャロットの女”が主人公の、「鏡」という章があるのです。塔から外を見ると命を失うため、彼女は鏡に映った風景を眺めることしかできません。しかも、その塔の中で機を織って1日を過ごしているのです。
「10年ほど前に初めて読んだのですが、とても人ごとには思えませんでした。漱石の作品の中ではあまり知られていない小説かもしれませんが、罪や禁断の愛などの濃厚なテーマが、格調高い雅文でつづられています。漱石がロンドン留学から戻った約3年後に書かれていますが、明治時代に彼の地を訪れた漱石にとって、ロンドンは謎に満ちた、知的な誘惑を感じる場所だったのではと思います」
「着物《シモーヌ》2020年」 着装/村治佳織 着付け/山﨑真紀 ヘア&メイク/久保木 純 撮影/森山雅智 撮影協力/アサヒグループ大山崎山荘美術館 ⓒ Yoko Shimura, Masatomo Moriyama
志村さんの作品をまとうのは、ギタリストの村治佳織さん。撮影場所には、京都府にあるアサヒグループ大山崎山荘美術館が選ばれました。
「村治さんとは15年以上のおつきあいです。ギターの演奏はもちろんのことですが、姿や発言など、すべてが美しい方。織物の本質を表す“シャロットの女”は、彼女にしか表現できないと思い、登場していただきました。大山崎山荘のような重厚な洋館には、謎めいた一面がありますよね。この作品集の撮影には、そうした謎をはらんだ空間が必要でした」
志村さんが漱石の小説を足がかりに表現した、謎めいた世界。子どもの頃に夢中になった絵本のように、何度でも手に取り、この世界に浸りたくなります。
「今回作品集を制作したことで、私自身、機に向かう際には、子どもの頃の記憶や思い出が大切な創作の種となっていたことがはっきりとわかりました。子どもは、謎や秘密、神秘的なものにどうしても惹かれますよね。大人はもちろん、まだ魂がふわふわとした子どもさんにも手に取っていただける一冊になると嬉しいです」
「着物《笹りんどう》2021年」 撮影/森山雅智 撮影協力/アサヒグループ大山崎山荘美術館 ⓒ Yoko Shimura, Masatomo Moriyama
美しい染織作品を鑑賞するだけでなく、漱石の知られざる小説やアーサー王伝説への扉も開いてくれる、重層的な作品集です。
『鏡 志村洋子 染と織の心象』志村洋子 著 求龍堂『染と織の意匠 オペラ』(2011年)に続く第2作品集。原点である近江の自然風景や植物染料から染織作品、ギタリスト村治佳織がきものをまとう姿まで、森山雅智の美麗な写真が続く。本書の骨子となる夏目漱石「薤露行」をテーマに、漫画家の萩尾望都が描き下ろした絵画と文章をはじめ、寄稿や論考も豊富。文章には英文も併記。装丁/葛西 薫
志村洋子(しむら・ようこ)染織家・随筆家。「藍建て」に惹かれ、30代から母・志村ふくみと同じ染織の世界へ。1989年、織物を通して文化を総合的に学ぶ場として「都つ機き工こう房ぼう」を創設。2013年に芸術学校「アルスシムラ」を志村ふくみ、息子の志村昌司とともに開校。
『鏡 志村洋子 染と織の心象』発売記念イベントのお知らせ
本書出版記念特別講演会(ギャラリーツアー&オークラ東京特別メニュー等)を2024年11月30日(土)オークラ東京で開催予定。イベント詳細のお問い合わせ/オークラ東京 TEL:03(3224)7688「#本・雑誌」の記事をもっと見る>>