黒樂
侘茶のために生まれてきた茶碗
窯場が炭火の勢いを熾すフイゴのゴオゴオという音で覆われる中、チリチリ、キンキンという微かな高音が聴こえます。燃え盛る窯から引き出されたばかりの真っ赤な茶碗が発するその音は、冷め割れを防ぐための小窯に収められると次第に小さくなり、やがては聴こえなくなります。
様子を見ていた吉左衞門さんが小窯の蓋を開けて取り出すと、先ほどまで炎を帯びたかのようだった茶碗の肌は見事なまでに漆黒の艶をまとっています。黒樂(黒茶碗)の肌の色は茶碗が急激に冷えることで現れる「引出黒」。ここだ、という一瞬を見極め、窯から茶碗を取り出すことで自分の思い描く一碗をものにすることができるのです。
黒樂茶碗しっとりとした黒い釉に、赤い朱薬がほろほろと揺らいでいる。正面の白っぽいものは、鉄鋏で窯から引き出したときのつかみ跡。下部にちらりと見えている土は、国宝・薬師寺東塔基壇のものが使われている。
ところで、なぜ黒樂は誕生したのでしょう。その理由は利休居士の侘茶の精神性へと繫がり、「赤樂の肌色のような色すら削いでしまおう」というさらに深き段階だと吉左衞門さんは解釈しています。
赤樂には柔らかく少し華やかな印象があります。それすらも千利休の考える侘茶では切ってしまった。
高台を例にとると、土も “味” だと考える当代は「土見せ」すなわち釉薬をかけないことが多い。それに対して初代長次郎は土見せにせず釉薬で覆っています。土の情報すら削いで、消してしまう。赤樂よりずっと厳しい世界、ストイックの極み。それこそが利休が侘茶に適う茶碗として長次郎に求めたものでした。
黒樂茶碗窯の中で釉薬がトロトロと溶け、垂れ流れてくる景色を想像し、炎と釉薬が重なり合った絶妙な瞬間、真っ赤に燃える茶碗を一気に窯から引き出す。炎に委ねる。人の意識と自然の対話から生まれる景色だ。
侘茶のために生まれてきた茶碗、それが黒樂なのです。とはいえ、茶碗のあり方は時代とともに移ろうもの。長次郎茶碗を見つめつつ、吉左衞門さんは己の道を歩みます。
(次回に続く。
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