サイレントキラーの病に備える 第12回(2)膵臓がんの患者数や死亡者数が日本でも世界でも増え続けています。 膵臓がんの早期発見のための検査や薬物療法などに詳しい山口大学医学部附属病院 腫瘍センター 副センター長・准教授の井岡達也先生に膵臓がんの特徴とその診断について伺います。
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“気づいたときには手遅れ”にならないように「膵臓がん」
[お話を伺った方]
山口大学医学部附属病院 腫瘍センター
副センター長・准教授
井岡達也(いおか・たつや)先生1990年に日本大学医学部を卒業後、自治医科大学消化器内科を経て、97年から2020年まで大阪国際がんセンター膵がんセンター内科系部門長を務める。20年4月より現職。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医・指導医。日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会委員。著書に『がん治療 うまくいく人、いかない人』(幻冬舎新書、22年)。
背中の違和感が続いたら、近くの内科クリニックで腫瘍マーカーの血液検査と腹部超音波検査を受ける
膵臓がんは早期には自覚症状がほとんどなく、進行すると背中や腰、おなかの痛み、食欲低下、体重減少、黄疸などが出てきます。「背中側がなんとなく重い、鈍痛があると感じる方が多いようです。夜にリラックスしたときには違和感を覚えるけれど、忙しくしていると気にならない、我慢できるといった状態で、放置してしまうことがあります。急性膵炎は激烈な痛みで我慢できませんが、膵臓がんの痛みはそれほどではないのです。早めに迷わず内科で診察を受けることが大事です」。
膵臓がんが疑わしい状態
●背中や腰、みぞおちの鈍痛や違和感が続く
●便に脂分が浮いている
●油っこい食べ物を食べたときに下痢をしやすい
●便が適度に固まらず、軟便が続く
●弱い腹痛や腹部膨満感が続いている
●糖尿病のコントロールが急にうまくいかなくなった
※いずれも膵臓がんに特有の症状ではないため、気になる場合は医師に膵臓がんについて調べてほしい旨を伝えるとよい。
最初に2種類の腫瘍マーカーの血液検査を受けるとよい
井岡先生がすすめるのは、クリニックでも検査しやすい腫瘍マーカー2つ(CEAとCA19-9)の血液検査と腹部超音波検査です。
腫瘍マーカーは、CEAとCA19-9の両方を調べることが大切です。「CA19-9は体質によって全く反応しない方がいらっしゃいます。そのため、2種類とも測定することが必要なのです。膵臓がんの患者さんの8割から9割はどちらか、あるいは両方が上昇します」。
腹部超音波検査は消化器内科で受けられます。かかりつけのクリニックで実施していなければ、主治医に紹介状を書いてもらいます。
「膵臓がんは頻度が高くなく、膵臓がん特有の症状がないこともあって、患者さんが訴える症状だけでは医師はその可能性を思い浮かべないことがあるかもしれません。ご自身が“膵臓がんが心配で検査してほしい”とはっきり伝えていただくといいと思います。このような検査を経て異常がないことがわかっても、1〜2か月の間、背中の違和感などが続く場合には、再度診察を受けてください」
確定診断には内視鏡による画像検査と組織検査が必要
腫瘍マーカーと腹部超音波検査で膵臓がんの疑いが濃厚になれば、日本膵臓学会認定指導医がいるような専門的な検査ができる病院を紹介状を持って受診します。
膵臓がんは通常のCT検査では発見しにくく、造影剤を使うCT検査が推奨されます。「造影CT検査のかわりに造影MRI検査が行われることもあります」。
正確な診断には、このような画像検査に加え、内視鏡(胃カメラ)を使う詳しい検査が行われます。
内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)では、口から入れた内視鏡を十二指腸まで到達させ、先端から細いカテーテルを出して胆管と膵管に通し、造影剤を注入したうえで、胆管や膵管のX線写真を撮影します。同時に膵臓の組織や膵液を採取して病理検査も実施されます。これは入院して行う検査です。
また、内視鏡の先端につけた超音波装置による画像を見ながら、胃から膵臓に針を刺し、組織を採取する超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS–FNA)による組織検査が行われることもあります。こちらも入院して行います。
こうした画像検査や組織検査によって膵臓がんの有無が診断され、膵臓がんであった場合には進行度(ステージ)が決められます。
なお、膵臓がんの一部には、BRCA遺伝子の異常(遺伝性乳がん卵巣がん症候群:HBOC)や、遺伝子のコピー間違いを修復する遺伝子の異常(リンチ症候群)がかかわっています。血縁者に若いがん患者が多い場合などでは、遺伝子異常に合う薬を使えるかどうかを調べて治療方針を決めるために遺伝子検査をすすめられることもあります。
日本膵臓学会日本膵臓学会のホームページには、学会の認定指導医制度による指導医と指導施設が掲載されている。
https://www.suizou.org
膵臓がんのリスク要因から治療まで
血液検査や造影剤を使う画像検査、内視鏡検査が段階的に行われる
リスク
●糖尿病である
●コントロールできていた血糖値が急に悪くなった
●膵臓の病気の経験がある(急性膵炎や慢性膵炎、膵管内乳頭粘液性腫瘍など)
●人間ドックなどで膵臓の囊胞や主膵管拡張を指摘されたことがある
●タバコが止められない
●大量にお酒を飲むのが習慣になっている
●肥満である
●血縁者に膵臓がん患者が2人以上、あるいは乳がん、卵巣がん、前立腺がん、膵臓がんの患者が2人以上いる
症状
●はっきりとした特有の症状はない
●背中やみぞおちの鈍痛や違和感が続くことがある
●進行すると、背中や腰、おなかの痛み、食欲低下、腹部膨満感、体重減少、黄疸などの症状が出ることがある
→ 膵臓がんに特有の症状はないため、自分の体調をふだんから意識しておくこと、普通ではないと感じたら受診することが大切
診察・検査
問診気になる症状、がんの家族歴などについて聞かれる
血液検査腫瘍マーカー(CEA 、CA19-9 、エラスターゼなど)、血糖に関する項目(血糖値、HbA1c)を調べる
腹部超音波(エコー)検査あおむけや横向けでの検査が行われる。空腹時に調べられる
検診・健康診断・人間ドック
がん検診や通常の健康診断に適う有効な方法がない。一部の人間ドックでは、腫瘍マーカーの検査、造影CT検査や造影MRI検査などを実施している
診断
上記の検査で膵臓がんが疑われる場合、下記のような画像検査と組織検査が行われる。組織検査の組織採取は入院で行われる。膵臓がんであった場合には検査結果から進行期(ステージ)が決定される
造影CT検査、あるいは造影MRI検査膵臓の形、主膵管の拡張や囊胞の有無などを調べる
→ 膵臓は体の奥にあるため、通常の画像検査では見えにくい。そのため造影剤を使う画像検査を行うことになる上部消化管内視鏡による画像検査と組織診内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)十二指腸に到達した内視鏡の先端からカテーテルを出して胆管と膵管に造影剤を注入し、X線撮影を行う。同時に組織や膵液を採取して病理検査も実施する。検査後に急性膵炎を起こすことがある
超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)による組織検査特殊な内視鏡を用いて、胃の内側から超音波で膵臓を観察する。非常に鮮明な超音波画像が得られる。その超音波画像を見ながら膵臓に針を刺し、膵臓の組織を採取する
場合によっては、採取した組織や血液による遺伝子検査がすすめられることもある
治療
手術ができる場合には、手術と手術の前後の化学療法(抗がん剤)を組み合わせるのが標準
がん遺伝子検査によって遺伝子異常が見つかった場合、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を使うこともある
手術ができない場合は、化学療法や化学放射線療法を行う
必要に応じて、膵管や胆管、十二指腸のステント療法やバイパス療法、転移部への放射線療法、緩和療法などが追加される
→ 手術での膵臓の一部切除や全摘によって消化力の低下、血糖コントロールの悪化などの影響が出るため、消化酵素の服用やインスリンの投与などが必要となる・連載「サイレントキラーの病に備える」の記事一覧はこちら>>>